インキャ、コミュ障の『負けない戦略』研究所 -7ページ目

インキャ、コミュ障の『負けない戦略』研究所

元は超がつくほどのコミュ障、いわゆるインキャ。
対人関係が苦手で、ゲームに走ったり

起業は単騎じゃ無理だと悟り、
「広告」スキルを買われ参謀に。
そんな逃げ症の持ち主。

そんな僕でも、「幸せ」になれる確信を持てた。
体験を交えて伝えていきます。

どうも、しんです。

今回は、


広告業界から見たAIの活用と、

考えておいたほうがいいこと
についてまとめました。


AIが隆盛している広告業界



広告業界、特にインターネット広告業界では、
日常茶飯事と言ってもいいくらいで
AIが活用されています。


大手のインターネット広告のプラットフォームでは、
Goole、Facebookに追随して、
YahooもAIによる運用型広告のサービスが提供されました。


ではなぜ、広告業界でAIが活用されているのか?


結論から言うと、
AIによって、人の行動を定量化できるからです。


行動履歴に対して、ラベル貼りをされている世の中

AIによるビックデータを実際に
日常生活に活用されているのが中国です。

個人の社会的な信用度を数値化した、
「信用スコア」が導入されています。

つまり、

「社会」にとって、

良いことをすれば、信用スコアが積み上がり
悪いことをすれば、信用スコアが目減りします。


学校の内申点とイメージしていただければ、
仕組みの大枠は掴めるかと思います。

その点数方式の仕組みが、

インターネット広告の仕組みに導入されています。


結果として、

人が数値から見た改善施策を
AIが行うようになりました。



具体的には、

人の行動履歴のビッグデータから、
人の行動予測という仮説を立てて、
AIが予測した行動をするのかどうか検証します。

具体的には、
広告をクリックするのか、しないのか
コンバージョン(広告の目的の行動)をするのか、しないのか
そもそも広告に目が留まるのか、留まらないのか、

自動的にAIが検証結果から、
画像Aより画像Bの予算を30%アップしようするなど、

次の施策を判断します。

広告業界のAIは、
もはや無くてはならない存在となっています。


AIが台頭していく中、僕たちが考えておいたほうがいいこと

AIが無くてはならない存在であり、
これからも人が行ってきた業務がAIに取って代わる構図は、

広告業界だけではないと僕は思います。

僕が好きな将棋では、
トップのプロ騎士ですら、
コンピュータ将棋ソフトに負けを認めるという事態が起こっています。

10年前までは、
思ってもいなかったことでした。

だからこそ、僕たちが考えておいたほうがいいことは、
広告を運用する前の段階です。


つまり、
売上だけを上げる戦略なのか、
僕なら、仲間を集めるために想いを乗せる広告なのか、


僕が経験したことを話すと、
とある広告代理店で、
リスティング広告(検索広告)を使って、
手法は何でもいいから、売上を上げてほしいという依頼がありました。


その広告代理店が取った手法は、
キーワードを1つ決めて、
後は部分一致で運用するという
非常に短絡的な手法でした。
 

(信用残高を目減りさせたくない場合は、

絶対にマネしないでください。)


マニアックな内容なので、例を挙げると、


「プレゼント」というキーワードを部分一致として指定するとします。


すると、
「プレゼント 誕生日」や「プレゼント デート」は一致しますし、
「プレゼント」という単語が使われていなくても、
「お土産」「ギフト」も部分一致として広告が配信されます。


つまり、
「プレゼント」と「ギフト」という単語を並べても似て非なるものなのに、
意図しないところで広告が配信されてしまうということです。

別のLINEグループに
メッセージを意図せずご配信してしまうのと同じです。(笑)



さらに、AIに任せると銘打って、

「AIが誤配信を学習して、売上の数字や費用対効果は上がってきますから。」
と、もっともらしい言葉を使っている広告運用担当者がいました。

僕から見ると、
もっともらしい言葉を並べて、
AIを立てにして、自分の怠惰を正当化しているように感じました。

失礼を承知で表現すると、
AIによる広告配信の最適化の結果を見て、

「広告を改善する」という、、

ある意味、
『AIの作業員』と言っても過言ではないと僕は思います。



視点次第でAIとの向き合い方が変わる

「AIは制御できないから、仕方ない。」

という考えは、
あまりにもったないと僕は思います。

なぜなら、
AIの言うことに振り回されて、
作業員に成り下がってしまうからです。

だからこそ、僕たちは、
AIを活用する側に回らなければならないということです。


では、どうするかと言うと、

広告の目的を再定義することです。



資本主義から来る、売上や目的を追い求めることを否定はしません。

ただ、合理的、効率化を求めすぎるがあまり、


全てを把握していないのにも関わらず、
AIに任せてしまう思考をやめてしまうことや、
煽り立てるような広告を打ってしまう懸念があります。


つまり、
売上や規模拡大ではなく、

仲間を集めるための想いを乗せた広告なのか、
生き様やこだわりを乗せた広告なのか、

目的と手段を混同させないことがとても大切です。


目的がブレなければ、

AIの言いなりにはならずに、活用する側に回り、
必要十分な広告を配信することができます。

想いを乗せたメッセージ、広告を見て、
イヤ~な顔をされたら、
僕は悲しいです。


次回は、広告を教えていた時に感じた違和感から、

質問で人生が変わると確信しました。


第2回の記事はこちらから見てください。

質問で人生は変わる

 

 

「日常全てから学びを得るために」
 

僕が、

 

仕事や

人間関係や

資本主義で感じた違和感がなぜなのか?

 

一定、言語化できるようになりました。

 

そう確信するに至った僕が、
未来を切り開く視点を記事にまとめました。
 

「日常は全て広告である」の記事はこちらから

興味があれば、ぜひ見てください。

どうも、しんです。

 

タイトルを見て、

どういうこと?と思われた方も少なくないかと思います。

 

 

今回は広告を学んでいない時、

つまり、日常を濃く生きることで、

仕事にどう良い影響が出るのか?

 

また、日常を濃く生きるとはどういうことなのか?

について記事にまとめています。

 

日常と仕事と広告を通して、

自分自身がどう考えて行動するかを

5つの記事にまとめてきました。

 

まだ、読まれていない方は、

こちらのリンクから記事をご覧ください。

 

●1記事目

広告のスキルも大切だけど、もっと磨くべきことがある

 

●2記事目

仕事の効率上げるために日常を再定義する

 

●3記事目

広告の仮説検証は日常でもあり、日常の仮説検証は広告でもある

 

●4記事目

日常の体験、定量化したことが仕事に生きる

 

 

 

広告を学んでいない時こそ、広告スキルは磨かれる

 

どういうこと?と感じた方もいらっしゃるかと思います。

 

 

僕自身の体験として、

 

広告を広告として学んでいた時は、

売上のためであったり、

商品をより認知してもらい商圏を拡大するための、

 

手段の1つでしか捉えていませんでした。

 

 

ただ、日常全てが広告と、思考のアンテナを張れば

会話では、相手のモチベーションを上げつつ、

気持ちよく行動するにはどうすればいいか?と思考することで、

 

広告では、

広告を見た相手が違和感、ストレスなく、

購入ページに進めるために何をすればいいかと

思考するのと同じです。

 

 

また、

料理では、野菜炒めにすりごまをかけるだけで、

料理の出来栄えに変化があったり、

 

1分単位で

味噌汁の昆布だしを取る時間を変えて、

味の変化を感じたり、仮説検証することで、

 

広告では、

広告に出す画像の色や写真の一部を変えたり、

最もパフォーマンスが高い配信時間はいつなのかを

仮説検証すること同じです。

 

 

つまり、

広告だけでなく日常で仮説検証をするようになったことで、

日常から広告のインスピレーションの幅が間違いなく拡がりました。

 

 

あらゆる仕事、遊び、

言い換えると、日常をどう見るかという視点です。

 

日常で広告だけでなく、あらゆることに転用できるようになると、

ドローンや釣りなど、

未知の分野に手を出した時も

様々な角度で物事を捉えることができます。

 

広告のスキルだけを学ぶ人と、

日常全てから広告に活かす人の

広告1つをとっても、自明の理だと僕は思います。

 

 

もちろん、広告だけでなく、

日常全てが○○と言える事業者が増えたら、

 

「やったことがないから分からない」と

頭が止まらず、

足が止まらず、

 

知らないこと、分からないことは

「分からないまま」

顧客や相手の言いなりになってしまうような状態にならず、

 

お互いに違和感なく、

独善的な事業を展開をすることが可能だと僕は思います。

 

 

このブログでは、

僕の思考過程や


未来の仲間に対して書き留めています。

 

なぜ、僕が日常全てが広告であると「至れた」のか、

きっかけ、理由もまとめています。

 

「日常は全て広告である」の記事はこちらから

 

最後まで見ていただき、

ありがとうございます。

どうも、しんです。

 

今回は、釣りの仮説検証から学び、定量化し、

仕事に活かす視点をまとめています。

 

 

釣り道具、釣りエサで高品質なものを揃えたら魚は釣れるのか?

 

釣りの道具では、

 

釣れる竿

切れない糸

釣れる場所

釣れるルアー

釣れるエサ

釣れる仕掛けの動かし方

 

色々な切り口で商品が販売されています。

 

では実際にどれを使えば、

100%釣れるという保証はありません。

 

 

例えば、

 

エサで魚を釣るなら、

当然ながら釣れます。

 

ただ、エサに頼ることで、

釣れた、釣れないの、釣果だけ見てしまうと、

そもそも、なぜ魚が釣れているのか?

 

原因と結果の繋がりが見えなくなります。

 

 

もし、

原因と結果が分からない状態を、仕事や広告で考えると、

非常にもったいないことをしていると思いませんか?

 

釣りは遊びだから、そんなこと考えなくていいの。

 

という人はこのブログには合わないので、

今すぐページを閉じてください(笑)

 

 

仕事だったら、

 

営業が商談を断られて、

「ダメでした」と言ってそのままの状態で放置されているイメージです。

 

 

広告だったら、

 

合理性や効率を求めるがあまり、

AIによる最適化を完全に任せっきりで、

自社やチームに思考過程が残らない状態です。

 

 

僕たちが釣りをする時に考えていること

 

僕たちは、

淡路島で釣りをすると考えると、

 

釣り道具以外に、

 

海流だったら、

九州側からの潮と

和歌山からの潮を確認したり、

 

潮目だったら、

釣り場に到着したら、

数分後、数時間後の潮目を予測したり、

 

天候だったら、

雨が降った後は海の塩分濃度が薄くなり、

魚は深く潜る傾向があったり、

 

風速だったら、

風が吹いていなければ、

サバなど青物の魚が釣れにくい状態であったり、

 

潮位だったら、

海面の高さによって、

魚が釣れやすい傾向があったり、

 

様々な要素で、

魚が釣れる、釣れないを左右していることが分かっています。

 

 

この1つ1つ仮説検証したことが、

今まで見えなかった部分が見えるようになり、

 

仮説から狙い通りの結果を得た時の

我が手中に収める過程が

 

「ただただ愉しい」訳です。

 

 

愉しみで日常を過ごす人が増えたなら

 

この愉しみは、

経験したことがある方も、

これから経験する方も、

あらゆる分野でぜひやってもらえたらなーと本気で思っています。

 

そんな人が増えれば、もっと世の中で愉しいこと、人が増えるのは間違いありません。

 

傍から見ると狂ったように見える夢中を、

損得勘定なしでやるからこそ、

見えてくる世界があります。

 

これが「至る」ことであり、

至っている視点で、日常を生きる視点です。

 

広告への転用は次回記事に続きます。

 

 

「日常に1ミリでも違和感がある方へ」
 

僕が、

 

仕事や

人間関係や

資本主義で感じた違和感がなぜなのか?

 

一定、言語化できるようになりました。

 

そう確信するに至った僕が、
未来を切り開く視点を記事にまとめました。
 

「日常は全て広告である」の記事はこちらから

興味があれば、ぜひ見てください。

日常で誰かと「会話」をすることがあるが

そうなった時、僕らは、相手に

 

言葉を使ったり

身振り手振りでジェスチャーを交えたり、

 

雑談したり、

仕事の話をしたり、

現状を説明したり、

 

次に何をしてほしいのか言葉にしたり、

相手に笑いであったり、気付きであったり、

 

想いを伝えて、何かしら行動を促すこともできる。

 

 

 

つまり、会話、想いを伝えることは

広告と同じだと言える

なぜなら、

 

広告も本筋論として、

人の行動を促す仕組みで設計されているから。

 

 

広告とは、

資本主義の発展によって開発されたため、

生まれた所以が、売り上げのための広告は、少なくないのは確か。

 

そこには、共感しない点からも

売上だけを目的とした広告よりも、

 

狙った人に繋がり、会話のように想いを伝える広告の方が美しいと僕は思う。

 

 

そうなると、

広告は想いを伝える手段であり、会話とも言える。

 

では、広告は、どこで深まるかと言うと

それは、日常生活である。

 

会話や相手への配慮の「キワ」であり、

魂とも言える"広告"が宿るのは、

 

日常でしかない。

 

つまり、

広告とは、人の日常生活その全てだとも言える。

 

そう考えた時、

 

親子関係も、

夫婦関係も、

友達関係も、

 

全てが、広告だと言える。

 

 

広告に対してネガティブな印象を持つ人も多いけど、

 

しつこい商品案内、

煽り立てる広告、

そんな広告を打つのは、

 

一方的な会話であったり、

相手の意欲を下げる言葉だったり、

会話にも広告と同じくネガティブな面がある。

 

つまり、良いも悪いも会話、想いを伝えるのが

広告だと

ぼくは思う。

 

そうなると、

日常生活であり、空間であり

未来の生活であり、空間であり

 

その全てが「自分的だ」と言えて、初めて、

周りに届ける正義であり、美学を、「発するに至る」と思う。

 

つまり、

思考であり

発する言葉であり

日常生活での会話であり

自分の周りの質であり、

自分の背中の質であり、

自分が残すものであり。

 

その表現方法の1つが、

広告であり、

想いを伝えることである。

 

つまり、

全てが「至った」からこそ、

広告で狙った人と繋がれる

そう、ぼくは、思っている。

 

このブログでは、

まだ、成長段階のぼくが、

リアルでの人との関わりに未熟な部分が多々あるけど、

 

広告や会話、想いを伝えることを通して、

未来が全て「切り開ける」ことについては

確信が持つことができている。

 

その胸のうちをまとめていきたい。

 

全ては、

自分の思考の整理整頓の目的であり、

ぼくの思考に共感する人のためのもの。

 

だから、

自分は、これまで何を感じ

どう思考し、

どう生きてきたのか、

その根拠は、何か。

 

どちらかと言うと、

その辺のブログ的な「お勉強」の話より、

生き方、正義、美学、こだわり、

その「基準値」としての話が主になると思う。

 

会話とは視点だと思う。

 

全ては、視点で変わる。

エンジニアとして設計の仮説検証をしたり、

起業家として、プロモーションを同時に4件回していた当時よりも、

今、ぼくは、自分の未来がより「自分的」であると思える。

 

つまり、人との会話を通した仮説検証である。

 

相手に想いを伝えることを目的とした広告は、

そこに宿る日常は、

 

未来を見据えた視点になるからこそ、

日常の人との関わりが変わり、

周りの思考、行動が変わり

生きる原動力が変わっている。

 

だから、

同じテーマで広告を回したとしても、完全に別物になる。

 

広告に関わらず、これから創る事業全てが、過去を遥かに凌駕すると本気で思える

こう、語れる事業家、仲間と、出会いたいと思う。

 

そのために、ぼくが何をどう感じているのか

その根幹や、

生き方の過程をまとめていきたい。

 

 

全てを創る「自分」について

 

今回はWeb広告から、

日常全てに関係しているということをまとめる。

 

日常では、

仕事やプライベートなど

色々な場面でコミュニケーション、会話をすると思う。

 

例えば、

会話では、

 

相手の状態を想像したり、

伝えたいことを言葉にしたり、

身振り手振りジェスチャーをしたり、

相手の脳裏に映像を映し出すよう例え話をしたり、

 

何かしらの目的を果たすために

会話をするはず。

 

その会話は、

広告でも活きてくる。

 

 

なぜかというと、

Web広告は、

広告文の文章、

画像や動画、バナーなどのビジュアルと、

広告のリンク先のWebページで構成されているからだ。

 

つまり、

文章とは、

言葉であり、

単語であり、

想いを伝えるもの。

 

画像や動画などビジュアルは

イメージであり、

映像であり、

想いを伝えるもの。

 

広告のリンク先のWebページ

もとい、Webページも

言葉であり、

イメージであり、

想いを伝えるものとも言える。

 

つまり、

想いを伝えられるのなら、

広告で狙った相手に配慮して、

繋がりに行くこともできる。

 

未来の仲間に繋がりに行くのなら、

分相応の生き様が必要だと僕は思う。

 

1つ1つ丁寧に生きる日常や

どんな視点、基準で物事を捉えているか

ぼくの体験を通して体感できると思う。

 

興味があれば、LINEに友だち登録をして

見てほしい。

 

LINE友だち登録はこちら

 

 

僕が広告で仲間を迎えた実体験

 

駆け出し起業家として広告で収益を上げていた時、

売上に集中した結果、

世の中の役に立てているのか、

違和感を感じていた時期があった。

 

その時、

たまたまクルージングBBQで知り合った事業仲間のWeb広告を担当して、

 

動画のテロップを何秒間入れるかこだわったり、

画像の構図や、

広告の予算を時間に応じて100円にしたり、

曜日で0:00〜6:00は予算を5,000円に調整するなど、

 

コツコツと仮説検証を積み上げた結果、

背中を預けられる仲間を集められることができた。

 

今まで、売上しか上げて認められてきた僕にとって

とても衝撃的な体験だった。

 

今では、僕の想いを乗せた広告を通して、

出会った仲間と共同生活をしている。

 

 

この体験で学んだことは、

広告は売上だけ求めるものではないことと、

コツコツと仮説検証を積み重ねていくと、

狙った仲間と繋がることができることだ。

 

資本主義で売上だけを見ていたら、

未来の仲間と繋がることは

おそらく可能性ゼロだと思う。

 

過去の自分をバッサリ切り捨ててしまうと、

広告主以上の人が現れる可能性も皆無ではないだろうか。

 

そんな状態だと、

売上こそ、お金稼ぎはできるかもしれないけど、

仲間という、人生で大切な人を迎えに行くのは難しいと思う。

 

 

つまり、

僕が会話で学んだことは、

 

広告を触っていなくとも、

 

相手の状態を察しつつ、

最高の言葉を投げかけるにはどうすればいいか?

と考えたり、

 

相手の脳裏に、

映像を流す動画を構成したり、

 

仲間に想いを伝えるに耐えうる

広告を体現できるように「至った」こと。

 

 

ぼくらが、日常を変えたいと思った時には、

まず「自分」を変えると思うが、

なかなか、現実は変わっていかない時もある。

 

ただ、

自分を変えても、未来は変わらない。

なぜなら、日常生活のルールが変わっていないから。

 

どんな視点で

どんな美学で、

どんな仲間と、

 

日常生活を作っていくといいのか、

 

 

その根本の部分が変わらないと、どれだけ努力をしても、

違和感は残る。

 

それこそ、売上UPとしか考えない広告であったり、

しつこい販促広告であったり、

たった1ヶ月で5kg痩せる!と煽り立てる広告であったり、

 

相手に知らずに不快な言葉を投げかけたり、

意欲を削いでお互いの関係にヒビが入ったり、

 

視点によって打ち出す広告、会話は

では、まるで違う。

 

そのためにも、

最高の空間で、

最高の自分で、

いれることが大事。

 

 

最後に

 

僕の実体験で触れた、

事業仲間がきっかけで

日常全てが広告であり、

事業と言えるようになった。

 

その仲間というのは、赤原士郎さん。

 

本来なら、

僕から視点や基準値を体現しうる

知恵をお渡ししたいが、

 

その赤原さんと全く同じ視点、基準値で

伝えられるかというと、

 

僕が赤原さんの経歴を

歩んでから伝えることがベスト中のベストではある。

 

 

ただ、

今からとなると、

赤原さんがこれまで培ってきた

 

バイオリンや、

公務員や、

月商20億の実績など、

 

全てを学ぶには時間がかかります。

 

僕たちの未来の仲間を集めるなら、

ものすごい機会損失になってしまうのは否めません。

 

 

だからこそ、

 

赤原さんを紹介することは、

一定の意義はあると僕は思いました。

 

こちらのリンクから赤原さんの記事を見て、

メールアドレスを登録して、ぜひ赤原さんの視点を学んでみてください。

『この世にヒーローはいない。だから、ぼくらがヒーローになる。』

 

未来を切り開ける「ヒーロー」になる理由が

きっと見つかると思います。

 

どうも、しんです。

 

今回は、日常で仮説検証をすることで

広告の仮説検証にも活かせることをまとめています。

 

 

まず言っておきたいことが、

では、ただ漫然と日常を過ごしていれば、

日々を濃密に過ごせるかというと、

そうではありません。

 

日常のあらゆる物事に対して、

 

仮説を立てて、

検証結果を得て、

仮設に対する検証が

期待通りだったのか、

想定外だったのか、

 

1つ1つコツコツと積み重ねることです。

 

 

仮説検証を積み上げることについては、

広告も事業も同じことが言えます。

 

仮説検証を積み重ねる

 

例えば、

 

広告だったら、

 

広告文をとっても、

大局や俯瞰などの類語をどう使い分けるのかのキワだったり、

てにおは1つ1つ間違いがないかチェックしたり、

 

画像や動画をとっても、

動画のテロップ文字を何秒まで出すかだったり、

背景色を黄色、緑色、紫色にするだったり、

 

見出しとボタンの文字をとっても、

「詳しくはこちら」や「申し込む」のボタンの文言だったり、

ボタンの色は緑色なのか、

 

いわゆるABテストと呼ばれる、

様々な比較検討ができます。

 

 

そして、日常の中で、

僕の実体験から、

仕事での会話を取り上げます。

 

会社員としてエンジニアとして働いていた時に、

雑談など一切無し、時間をかけずに、

 

すぐ本題に入ろうとする上司がいました。

 

 

そのチームでは、

 

効率よく、

 

合理的に前進しているように見えていても、

 

実情は無機質な関係性でした。

どこか、死んだような眼をしている仲間もいました。

 

当時の僕も、苦虫を噛み潰すような

強烈な違和感を覚えてた記憶があります。

 

 

そこから学んだことは、

 

いくら時間の無駄と言っても、

感情面、意欲を蔑ろにしては、

 

そのチームでの鬱憤が、

違和感が生まれてしまいます。

 

最悪の場合、そのチームは崩壊の一途をたどるのでは、

と寒気も感じました。

 

ある意味、スピードについてこれる奴だけ、ついてこい

と言わんばかりの環境でした。

 

つまり言いたいことは、

いきなり本題に入ろうとすると、

意欲は上がるどころか、

意欲が下がるリスクしかありません。

 

理由は、タスクをやらされている感が出てくる可能性が

ゼロではないからです。

 

 

ある意味、

 

ヤリモクな男が

女性に出会っていきなり、「ホテル行こうぜ」と言っているのと

何ら変わりません。(笑)

 

 

 

相手が意欲を持ち、進んで仕事をするようになるには

 

では、どう意欲を上げるかというと、

相手がタスクをやりたくなる布石と

答えを自ら探すような誘導をします。

 

例えば、

 

仕事でタスクだけをふるのではなく、

タスクをこなすことによってどんないいことがあるのか?

仲間にどんな貢献ができるのか?

 

そして、実際に何をしたいか相手に決めてもらいます。

 

また、

次の会話で活かせるように、

 

本題を切り出すタイミングはバッチリだったか?

前後の雑談内容は?

どんな感情を抱いたか?

 

を記録しています。

 

 

つまり、

 

会話を「広告という行動を促す」きっかけとして見れば、

会話も広告も同じだよね。と言えます。

 

広告も、事業、日常も、

1つ1つ仮説検証を積み上げていけば、

何度も再現できるようになれば、

 

「計画通り」と悦を持って言えるようになります。

 

さらに、仮説検証から定量化したことについて、

次の記事に続きます。

 

【PR】

ぼくが使っているサーバです。

格安ドメイン名取得サービス『エックスドメイン』