揺れでした。
何のために田舎へ帰ってきたのか解らなくなってしまいました。それくらい今の日本列島はグラグラしているわけですね。
甥っ子(中2)の話では、近々南海トラフがくると学校で話題になっていたらしく、専ら南海トラフと勘違いしていました。
以前にも書いたことがありますが、割とデジャヴや予感が鋭いところが私にあります。東京に住んでいた頃は今よりも凄くて
、(これは人の数が多いため恐らく自分以外の波動がバシバシ来るためだと)出入りの宅配業者の紛失した書類を見つけたり、高速道路での事故回避など念じたことが叶うこともありました。
実は一昨日の夕食中(3/13の20時頃)急に揺れる予感がして周りの壁を見回しました。その時はもちろん揺れていなかったのですが、6時間後私の町は震度4の揺れになり、眠っていた私も子供も流石に目を覚ましたのです。
余震もなかったため、東京で「揺れ」に慣れている私達は、特に気にすることなく再び寝てしまいました。
震度5強を記録した愛媛県の宇和島あたりは、取引先のミカン農家があり翌朝すぐに電話を入れましたが、何もなかったそうで安心しました。
ミカン農園の地区の北側から、夕陽で有名な佐田岬半島という絶景のスポットがあります。その先端には四国電力が管轄する伊方原発があります。今回の震源地は伊予灘の、しかも佐田岬半島を直線に伸ばした方向にドンピシャなのでした。距離もほんの数十キロです。
東日本大震災の後、一度静岡県(富士山周辺)で震度5の揺れがあった時も、浜岡がすぐに停止になりました。
海の傍に立地しているから仕方ないといえばそれまでですが、私には何かのメッセージに聞こえます。そしてそれは私だけでなく、他にも同様に思っている方々が少なからずいると言うことを申し上げたいのです。
昨夜、両親にあらためて避難時の集合場所を決めようと切り出しましたが、私の考えていた実家の墓地(山の中腹)はボツ案になりました。車で逃げることしかお爺さんたちは考えていないため、自転車や歩きは無理なのだそう(^_^;
仕方なく道路挟んだ向こうの小学校の四階ということにしました。津波の予想数値はあっても私は信じません。万が一の事を考えると小学校の高さが大丈夫なのか疑います。でもこれも致し方なく、皆の価値観や経験者と未経験者の違いもあります。私はまだまだ伝えきれなくて残念です。



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あまり話題にすることないかもしれませんが、歯磨きって一日に何回位するものでしょうか。
一般的には毎食後、(薬の服用みたい)とか、人に寄っては何かを食べる度にしたりとか…
反対に朝だけ、朝晩だけとか恐らく様々なバリエーションがあると思います。高齢化と共に入れ歯とかもあるでしょうから、その洗浄回数も歯磨きに入れるとして…ちゃんと洗っているものなのか、あまり想像すると怖いものがあります。
私はどちらかと言えば潔癖とかきれい好きな方ではないのですが、一応朝昼晩3回食後にします。子供も同じです。旦那様は…言っても無駄です。マチマチかなあ…
東京にいた20年の間、あれだけ大勢の人がいて他人の口臭とか加齢臭とか全く気にならなかったのが、最近ではそれが悩みの種と化しています。私は心を病んでいるのかしら…と真面目に病院行くことを考えたこともあります。
それくらい今の職場環境は臭うのです。
閉めきって空気の入れ替えをしないのも原因の一つですが、他の社員は気分が悪くならないのかなと甚だ不思議です。
社内で一番若い30才の男子も煙草とコーヒーで凄い臭いです。煙草やコーヒー飲んでもオーラルケアをきちんとしていれば、そんなに臭わないと思うのですがそんなことないのかしら。
身近な親しい人でも(旦那様や子供以外)に「臭うから気をつけた方がいいよ」と話すのはどうなのか悩みます。
勿論、人のが気になるのですから自分もかなり気を遣います。
何故東京で全く問題にもならなかった事がこちらで気になるのか、摩訶不思議の一つです。
臭い話ばかり書いたら気分悪くなったから止めましょう。ゴメンナサイ。





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震災から3年経ったような気がしません。
あの日が無ければ、私は今ここにいないでしょう。
引っ越してから今週末で丸2年。旦那様と交替で運転しながら、700キロをレンタルした大きなバンで移動しました。あらゆる隙間に荷物を詰めて、まるで夜逃げのようでした。引越代は随分と浮きましたから
助かりました。帰路はちょっとした旅行気分で沼津や箱根に寄ったり…
あの日が無ければずっと東京で資格も生かせた仕事して、給料もそこそこもらって旦那様の傍にも居ることが出来たのに。
人生50年、旦那様は私達の人生はもう終わっていると言います。確かに望まれて赴いた北海道でも立ち上げたプロジェクトがご破算になり、早い話が札幌での役目が無くなった訳です。幸いな事に可愛がってくださる上司の計らいで、関東エリアの仕事に返していただきましたが、彼は既に自分の会社人生の終わりを痛烈に感じています。出会った頃は前しか見ない闘牛のようでしたが、彼もかなり丸くなりました。それにも増して仕事の話もめっきりしなくなりました。
まだまだ転職を目論んでいる私を電話越しに「もう終わってるのにお前はまだ解らないのか」毎回怒られています。言うまでもなく私自身も色んな求人情報をあらゆる媒体から得ていますから、社会から求められている年代からはかなり外れているのを解っています。
ただ、世の中の生産人口と求人件数、条件や給料を比較してみると絶対的に働き手が足りないはずなのです。(うどん県は)
担当の営業所でも全く人は来ません。仕事は増えているのに人が集まりません。結果新規契約が結べません。
バランスが悪すぎるのを感じます。このバランスをなんとか取れば上手くいくと思いますが、どこに如何に訴えていけばよいかわかりません。訴えて判断できる人が経営陣にいない為です。
年老いた両親の傍に戻りました。無事に帰ることが出来たのです。それが嫌な訳ではありませんが、未だにあの日さえ無ければ、地震さえ無ければ…と恐らく大勢の方々と同じように思っている自分がいます。
明日は一心に祈ります。







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