ブログのコメントから見る社会
最近、自分のブログを書くより
人のブログを見ている 正確に言うと、そのブログの「コメント」を
見えている。
世間では、ホリエモンのことで大騒ぎなので、藤田晋さんのブロ
グ(私のBOOKMARKSに入っていますが)を覗いてみました。
(ちなみに、私は個人崇拝しないタチなので、会ったこともない藤
田さんが好きというわけでもありません)
さすがに社長のブログ、多くの人がコメントを書いています。
はたして、藤田さんが全部見れているのでしょうか、まぁ、これが
問題ではないのですが、今日は30分くらいをかけて、多くの方の
コメントをみていました。
少し 「幸せな気分」でした。
いろんな方からいろんな見解をうかがうことができて、幸せな時
間でした。多くのすばらしい方の独自な見解を読んで、私は自分
の小ささを感じました。あらためて、世の中に本当に、すばらしい
方々がいて、捨てたものではないと思いました。
もっと 自分を磨き、自分のブログ(見解)を発信していけるように
頑張ろうと思いました。
そこで、タイトルにも書いている「社会」とどう関係するかというと
社会も人の集合体ですので、ブログのコメントからみた多くの意
見が昨日みたTVの同一的な視点と異なることに、安心を感じました。
実際、日本には「同化」の文化が強くて、
「出る釘が打たれる」というように、異質的なものをなにもかも排
除しようとするところがあります。
これでは、グローバリゼーションが進む国際社会では立脚でき
ないことはずっと前から多くの方々が警鐘を鳴らしてきた。
それにも、かかわらず、メディアの単一(かつ同一)的な議論展
開しかできないのは危険なにおいがする
TVというメディアはそうですが、「個」としての国民はどうなのか?
日本の国民性として、あまり「個」を出したがらないのですが、
ブログという顔が見えないところで
「個」としての「意見」が出ているように思います。
意見がないわけではない、言わないだけである今の日本の
「国民」 ― そう信じたいですね
もちろん、これから、「意見」を出せるようになっていく必要もありますが
あっ、
もちろん、他人事のように言っているわけではありません
私自身も前述したように、私の見解を発信しつつけていきたいと思います。