相手から敬意が持たれないのは、
それに見合った価値が自分には無いと思われたからだろう。
それはそれで仕方が無いことだ。
好きにするが良いと思う。
然し、その理由が合ったとしても、
相手の小馬鹿にした態度を我慢して媚びへつらい、
此方が芸者になってまで争いを避けようとは思って無い。
況してや引き続き交流を持とうなどとは。
だから前回と同じ調子で私に話し掛けたのに
される対応が変わってたら察しろ。
あなたは同格以上の人と付き合ったら良い。
私はあなたの保護者では無い。
自分から売った喧嘩だろう?それともマウンティングのつもりなのか?
どちらにしてももう友好関係は無い。
あなたがそうしたいから自分でやったことだろう?
じゃあ責任はあなた自身に有るよな。
自分で始めた祭は自分でカタをつけるといいですよ。
そうやって自分のしでかしたことを
他人の氣持ちも考えずに自分の思い通りにならないからって
誰かの所為にするのは一番受け容れられ無いことです。
私には私の矜持を保つ。
それはあなたには確かに何も関係無いことだ。
が、それを土足で踏み躙っておきながら「知ったことでは無い」は通らないぞ。
あなたも踏み付けにされるだろう。
それがあなたには平氣なことなのかどうかは私は興味が無い。
あなたの行いの因果応報に他ならないから勝手にそれを受け容れるがいい。
興味が無いものに構っている程、ドブに棄てる時間を私は持って無い。
身の丈以上は出来ないが挑戦はしている。
私は自分の経験や踏んだ場数で培った己の能力を信じて進むだけだ。
文章が書けない。
正確には、他者に心情を伝える為に文章が構成出来ない。
元々文章構成については三通りの記述を用いていた。
一つは仕事絡みのマニュアルの為の文章。
これは別に今でも造作無く出来る。
しかし現時点では使いたく無いし、作品制作過程に於いても不要だ。
二つ目は言葉の音や文字の持つ意味を活かした文章。
読み手を非常に選ぶ。
読んでるだけで苛々する人も居るだろうがそう云う人を拒絶する為の作文。
これは問題無いが、単体では難解で、飽く迄も彩りのものだ。
問題は自分流の一回反芻を必要とする文章構成が上手く行かない。
「てにをは」を態と組み替えることでもう一つの意味を持たせることが
意図と反して只の記述間違いに感じてしまうことが多いのだ。
こんな報告では在るが、ログとして遺す。
金に対する共通認識を持ってる人間と中々出会わない。
只のケチで自分の財布は開けずに他人の財布をアテにしてる奴は沢山視る。
道具に支配されてる奴は必ず何かを支配しようとする。
金なんて道具に過ぎませんよ?
道具を得る対価に金を使う。
金と云う道具を得る為に労働や時間を対価とする。
それだけ。