月歌夜奏 -11ページ目

月歌夜奏

GeKkaYaSo

非常に氣持ちが悪い。

そんな話をする。

 

『障害者を差別無く、バリアフリーな世の中に』と云う嘘。

 

多くの人が云う障害者は自分の隣に居ない『理想の障害者』を指していると強く感じる。

「労りの氣持ち」や「譲り合いの心構え」なんてものは所詮知識や

他人の前でだけ発揮される仮りそめのモラルにしか視得無いのだ。
 

何故なら誰に対しても何処ででも労りや譲り合いを実践している自分が
行動する度に非常に周囲から受ける扱いで「こいつらは口だけなのだな」と感じるからだ。

 

一体あなた達の言う『労り護りたい人々』はどこに居るのだ?

 

フィクションと言えば聴こえはいいが、ほっこりしたくて創作の話を創り上げて悦に入っているなら

そんなものは自分を慰めているだけのポルノでしか無いではないか。

 

一体あなた達は誰と向き合って生きているのか?

 

誰だって自分が可愛いし、先ずは自分のことを最優先にするのは当然だと思う。

だったら嘘を吐かないでそう云う場所で本音で生きろと思う。

「こう言っておけば他人からの印象が良く、何かで優位に立てる」みたいな

生活の智慧か何かの様に倫理観や道徳を使われている現状を見る度に反吐が出る。

 

一年前に障害者の施設で19人が殺害、多くの人が様々な身体的な傷を負った。
心を傷めたなんて言う人は随分多かったと見受けられた。

然し、あの実行した犯人の意見に同調する意見を事件の前にも後にもよく聴いた。
特に匿名である場面では。

 

「そう云うネタなんだよ」なんて嘯く人間が居るならば、

自分が死を目の前にした時に、「ウケる」なんて他者の心無い言葉も

当たり前に受け入れるのだろうか?

「自分は別だよ」なんてしれっと言い、命乞いをするだろう。

 

それが生きているってことなのだろうか。

単純に生命活動を維持するために漫然と生を貪っているだけに視得る。

 

今、とても強く感じるのは自分のパーソナルスペースを護ることに必死なくせに、

他者の領域を侵すことは何一つ思慮しない人間が増えている氣がする。

電車の中で他人の鼻先にスマートフォンを突き出して操作することに悪びれ無い者、

歩道の真ん中で数人で話し込む者、

他人の発信を評(あげつら)う者、
自分の住処が割れても同じ様に行動するのかとても見物だ。

そう云う裏表が自分に有ることを恥じ無いのだろう。
『臨機応変』とでも思い違いをしているのだろうか。
 

それが人間的な強さとでも?

 

一体、いつまで『今の自分は仮』とでも思っているのか?

知人の誰も見ていない場所の自分は本当の自分では無いと云う論理なのか。

あなたの生きている社会はヴァーチャルでは無い。

その生き方で後悔しないのならば、残念ながら私の生きる場所には決して踏み込ませ無い。

 

共存する者のリストから「侵略者」は外しているのでね。

PUNKで良かったことなんて対外的には九割九分無いと断言する。

 

但し、たった一分では在るが他がそうだって良くなることが在る。

 

自分に嘘を吐かずに自分自身として生きていけることだ。
たったそれだけ。でも私には一番大切なこと。

 

逆に言えば、こいつが無くならないのなら、後の九割九分の苦労も受けて立つ。

 

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意見を言わせて貰う。

 

PUNKってのを言い訳にしてる様なのばっかりなんだな今は。

 

ルーズだったり、いい加減で嘘吐きで、だらしないのを全部「PUNKだから」って、

頭とハートがパンク(破裂)して萎んでんじゃ無いの?

 

自分自身が手抜きで生きる為の免罪符にPUNKをしてる様にしか視得無い。

そんなのがメインストリームになってんのな。

世の中で道を歩くにも小さくなってるのに、
デイサービスで職員にイキってる自称・元軍隊の偉いさんだって言ってる老人によく似てる。
私は祖父を二人共、戦争で失ってるんだけど、
あなたは随分と日本の軍人の恥を現代に遺す為に生かされてるみたいですね。
そんなのと同じに視得ます今の多くのPUNKS。

直訳すると「チンピラ」?

チンピラになりたくてやってんの?

ご苦労様ですね。私とは道が違うから交流は持た無い。
他にどうしようも無い時期と云うのは誰にだって在ると思うけれど、
ナチュラルにそうでは無いのに、
自分を偽り手抜きで生きる言い訳にPUNKって言ってるならお断り。

カッコ悪いから。

 

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あんたのPUNKはそう云うもんなんだろ?

じゃあそいつをやりなよ。

私は「同じPUNKだ」なんて思って無いし与しない。

 

私は私のPUNKをやってるからお前さんの評価なんて要らないんだ。

ごしゃごしゃ煩く言うのは私の耳に入らないところでやれよ。

 

これは私の心覚で、ご丁寧に他者へお報せしているのはスタンスの解説。

誰かが作ったPUNKの教則本も免許も資格も私は要らない。
友達は欲しいと思って活動しているが、誰でも構わないって訳じゃ無いんだよ。
自分の勝手な思い込みで他人を何とかしようと思ってる様な胆なら近付いて来ないでくれよな。

昔、と或る芸人さんが言っていた言葉がとても印象深い。

「我々みたいな人間が政治や世相をズバッと斬る。
すると普段から他人様を笑わせることだけをやってる我々だから
『ああ、また馬鹿なことをやってるヤツが馬鹿なことを言っているな』と笑いで済む。」

なんて粋な言葉を言うんだろうとシビレた。
そしてなんて頭がキレるんだろうと感銘を受けた。

「馬鹿げたこと」には「馬鹿げたこと」で対抗して氣付かせるのが一番の手法。
馬鹿げたことをやってる当の本人にだけ「馬鹿げた戯言」に聞こえなければ良いのだ。

飽く迄も自分の本業はお笑いだろうが、
その笑いの滑稽さこそ人間が日々生きて生活する中に潜む矛盾や悲哀が根幹に在ると思う。
だからこそ世知辛い世の中で忙しい毎日を送っていても、
その研ぎ澄まされた感性で敏感に氣付くことが多いのだろう。
芸能、芸術を彼らは生んでいると私は思っているのだ。

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『政治家でも無いのに政治を語るな』と云う風潮も特定の場所から感じることが有る。
いつの間に「政治」や「宗教」などが「生活」から切り離されてしまったのだろうか。

消費税・マイナンバー・年金支給年齢・道交法・・・
自分の生活の周りで起きて居ることはみんな国会で政治家の先生ってのが決めている。

全部黙って「それは自分たちみたいな一般人にはどうしようもないことだから」と従うのか?
それこそ馬鹿げた、栽培されてる家畜みたいな生き方に思える。

自分の生活に関わることには声を上げないとならないのではないか?

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厭なこと、ツラいことを笑い飛ばすって、あなたにとってはどう云うことなんですか?
一体どんな方法なんだ?
もっと口当たりの良い味の濃いもので誤魔化してるみたいだ。
食物に入れられてる毒物の味を自ら判らなくして腹を満たすことを優先している様に視得る。

そんなのは冗談じゃ無いんだ。