ひゃははははは!、嬉しくて仕方ないという狂気染みた笑い声。
どんどんどん、本の中から硝子を叩く様な音。
「………………おやまぁ、忠告したというのに。やはり開いてしまった様だね」
いつからそこにいたのか、本を抱えた彼岸花が佇んでいた。言葉とは裏腹に、心底面白いと言っているかの様に口元が歪んでいる。
【ひひ、そうみたいだな。てか、こうなる事が分かってて言ったくせになぁ。ある意味、お前が誘導したもんだろ?】
「人聞きが悪いねぇ、妾はただ忠告しただけさ。忠告を聴くかどうかは本人次第だろう?」
【言葉は言い様ってやつだな】
香坂 愛の姿をした何者かが、ゆっくりと彼岸花の方に振り返る。
「どうだい?入れ替わった気分は?」
「最っ高!もう本当に最高の気分!こんな簡単にいくなんて!これも、貴方がこんな救済措置がある事を教えてくれたおかげですよ」
「ふふ、力になれた様でよかったよ」
救済措置。救済とは名ばかりの、騙され絶望し自殺した魂が相手の存在を奪い入れ替わる事を、復讐する事を許す措置。その代わり、復讐相手が迷い人として狭間に来る事が条件だが。
「これで、僕が生まれ変わってこいつが僕の代わりに苦しむんですよね?」
「そうだよ?君の代わりに死ぬ迄の苦しみを、執行猶予が切れるまで味わい続けるんだ。生まれ変わる権利を奪われ、存在まで奪われた屈辱はどれ程のものだろうねぇ。君の代わりにどんな不味い魂になっていくのか楽しみだよ」
【ひひひ!ほーんと、人間てのはきったねぇなぁ。とことん欲深で恨み深くて争い好きで自分勝手だ。そーんな人間が、オレは大好きだぞ?助け合いとかクソ食らえだよなぁ?】
「そうだね。輪廻の言う通りだよ。少なくとも妾は醜い部分しか知らないからねぇ」
未だに硝子を叩く様な音を発し続ける本を手に取る。伝わってくるのは、入れ替わられた香坂 愛の苦しみと自分勝手な恨み。
本を戻しながら、この娘も壁の向こうで無意味に自分を襲おうとする邪念となるのだろうか、と彼岸花は密かに笑む。
馬鹿な奴らだ。罪人が支配者に勝てる訳がないというのに。
「さて、一旦戻ろうか」
ーーーーーーー
「凄い、あの場所以外は自然が綺麗なんですね」
罪人の場を抜け癒しの場へと戻ってきた二人と一匹。
「人間にとっては地獄でも、それ以外の生き物にとっては癒しの場だからね。人間に傷つけらて恨みを持つ者が殆どだから、どちらにしろ人間には危険な場所には変わりないねぇ」
「狭間を抜けるまでは、せっかく入れ替わっても捕まったら意味なくなるんですね」
「そういう事。だから、特別にこの炎を貸してあげよう。これを持っていれば何者からも襲われないからね。絶対に、狭間を抜けるまで無くしてはいけないよ?」
そう言い、提灯の炎を素手で直接取り出し彼の手に乗せる。
「あ、ありがとうございます……。でも、いいんですか?」
「気にしなくていい。狭間を出ればその炎は勝手に妾の元に帰って来るからね。此処でないとその炎は生きられないのだよ。その代わり、この魂をちゃんと連れて行ってあげておくれ。折角輪廻転生の環に還る権利を得たのだから、失敗してはいけないよ?」
「ありがとうございます!それじゃあ、行きます。さようなら」
「さようなら。もうこんな所に堕ちて来ないようにね。来世では、誤らないように」
「はい」
くるりと背を向け小さくなっていく背を見送る。やがて見えなくなると、一気に興味を無くしたのか、無表情になる。
【あいつ、無事来世を送れると思うか?】
「来世は上手く送ると思うよ?何せ、あの小娘の権利を全て得たんだからねぇ。記憶保持の権利も何もかも、ね。でもまぁ、来来世、来来来世は知らないがね」
【ひひ、輪廻転生の果てに此処に堕ちてくるとは、皮肉な話だな!】
「そうやって魂の循環が行われているのだから、要らなくなった魂は捨てられて当然だろう?不具合を起こしたものは捨てないと、魂が溢れ返ったらとんでもない事になるよ」
【ひひひ!そうだな。ここじゃあ、魂もただの物だもんなぁ。人の尊厳なんざクソ食らえだ。其れに、閻魔大王もオレ達の事放置してんもんなぁ】
「そりゃあ、鬼よりも上手くやってる上に長く此処に居るからねぇ。こんな欲に爛れた場所、今更鬼は嫌がるだろうよ」
【それもそうか】
「其れより、帰ろう。飽きた」
復讐を遂げた魂に、もう興味はない。