私は昔々、大学で生殖医療の臨床医として働いておりました傍ら、体外受精の成績を上げるべく、基礎研究も行っていました。
ある日、顕微鏡による観察で胚がこうむる酸化の悪影響についての研究をしておりましたところ、衝撃的な現象に気が付きました。
それは顕微鏡の光を当てると胚の中(厳密に言いますと細胞質内)の活性酸素がどんどん増えていくという現象です。
下の図を見てください。
ハムスターとネズミの胚に顕微鏡の光を当てた時に細胞の中の活性酸素が増えるのかどうかを測定したものです。顕微鏡の光を当て始めて30秒くらいならまだマシですが、その後は両方ともに急速に胚の細胞質内の活性酸素の量が増えているのが分かります。
さらに申し上げますとハムスターの方が増え方が激しいですよね。
実は、当時ハムスター胚は培養が非常に難しく、発育停止を起こしやすいので有名でした。
胚の細胞質内の活性酸素が増えやすいのが原因かもしれないですね。
顕微鏡の光=活性酸素の増加=胚DNAの損傷=胚が傷つく、弱る(発育悪化)
と言えます。
まあ、ヒトの胚でも似たようなことが起こっている可能性が高いです。
そして個人差があって、ハムスターのように活性酸素が増えやすい方もおられるかも知れません。
胚の観察が毎日5日間続くとなるとさすがに胚の発育に影響しそうですよね
これだけでも胚の顕微鏡観察がいらないエンブリオスコープは随分と胚に優しいシステムということが言えます
また胚観察をどうしても培養庫外に出して観察しなければならない場合は、できたら30秒以内が望ましいと思います。その後は胚の中の活性酸素濃度が急速に上昇してくることが推察されますので。
時々、リアルタイムで顕微鏡下での胚の映像を見ながら丁寧に説明してもらいましたと言われる方がおられますが、あまりお勧めしない習慣であるということはお分かりいただけると思います。
この仕事は30年近く前、ヨーロッパ生殖医学会で発表し、皆さんに褒められた記憶があります。私の学位論文の一つでもあります。久々に古い論文集から引っ張り出してきて、懐かしかったですね。
30年前のこの仕事が、現在使用しているエンブリオスコープの開発とごくわずかでもつながっているんじゃないかなぁ…と想像すると感慨深いものがあります