精子は熱に弱いと言われています。ご存知の方も多いと思います。
実際に、体温は37℃でも睾丸の温度は32℃程度に保たれています。これは睾丸が体腔外に出ていて、表皮を通して数ミリ先の大気温で冷やされていることと、表皮が身体の中で唯一、シワシワとなっていて熱の放散を助けていることによります。そう考えると男性はぴちぃとした下着よりもトランクスの方がベターということがお分かりいただけると思います。
とにかく、神様は何としてもあらゆる手を使って睾丸を冷やしたかったみたいですね。

私は、20年以上続けている医学部生の講義で、このシワシワを車やバイクのラジエターに例えて解説してきました。

ところがです、

数年ほど前よりある異変に気付くようになりました。

それは、

ここ近年、学生さんに「ラジエターのような構造」と言っても通じないのです。 
昔の学生さんは「あ~!なるほど!」と反応がよかったのですが、今では「それ、何ですか?」という感じです。
「ここは大きく相槌を打つところですよ~」と思わず突っ込みたくなります。
 
ある日、不思議に思って聞きました。
「君達、車のボンネットの中見たことあるよね?」

ほとんど全員「ありません。」の返事。

「ラジエター知ってる?」

「知らない」あるいは「知ってるけど見たことない」の返事。

「そうか~!」「今の車は故障しないんだ~!」と思わず絶句。

(そうだよな。今のクルマは完成度高いからな~)

(今どき、道の真ん中でエンストしまくるってうちの畑山院長の新車ぐらいか......) 
 
その時、講義中にもかかわらずラジエターにまつわる昔の苦い記憶がフツフツと浮かんできたのでした。

そう、

それは、忘れもしません。大阪で非常勤の研修医をしていた頃のことです。月十数万円のなけなしの給料と産直バイト(他院のお産の当直)で貯めたお金で、中古ですが念願の愛車を手に入れました。フォルクスワーゲンのサンタナです。スタイルにほれ込んで買いましたが、これがまたとんでもない車だったのです。ビートルやゴルフは素晴らしい車なのに何故?どうして?といった感じです。 

買った当初から異常には気付いていましたが、2時間ほど走行するとエンジンルームからの熱が伝わってきてオーディオなどの基板が触れることができないほど熱くなります。冬は、この熱でエアコンいらないぐらいです。ラジエター液やバッテリー液の減少もハイペースで、小まめに補充しないとすぐ危険水位になってしまします。エンジンルームは異常な高温になっていることが容易に想像つきました。

そしてある日、石川県と福井県まで長距離ドライブにでかけた帰り道、車がガタガタと振動を始めました。エンスト直前の状態です。

「何とかもってくれ」

と祈るような気持ちで運転していましたが、永平寺の駐車場を閉門時間で追い出された後、ついに走行不能となってしまったのです。
 
今日のような暑い夏の日の夕暮でした。当時は携帯電話もありません。土産物店も閉店し、周囲にはもう車も人影もありません。

日が暮れていくにつれ、途方に暮れた私の心細さを増幅させるように蜩の声もどんどん増していって木々の間で共鳴していました。

精子の話(4)熱と精子 続く