小学生や中学生のころは、夏になるとよくクワガタやカブトムシを取りに山に行きました。蜜の出ているクヌギの木はそうあるものではなく、やっと見つけたら親しい友達以外には絶対内緒にしておきました。他の子に先を越されてしまいますからね(後述補足)。

そして、他の虫たちと一緒に木につかまっているカブトムシを見つけたらもう心臓はドキドキで捕まえた時は至福の喜びでした。

ところが、

案外その足は痛いし、とても強い力です。つかまえている私の指を足で引っかくのですが、見た目よりすごい強さなんです。

思わず指の方が負けて地面に落としてしまったこともありました。

そして、

家に持って帰って飼うのですが、エサはスイカです。今のように飼育用ゼリーのような上等なものはありません。そうすると一週間もすればずいぶん弱ってきます。飼育箱から取り出すときはもう採取した時の強い力はありません。とげのついた足の抵抗も弱々しいので私も悲しくなります。

見た目はまったく同じなのに、木で蜜を吸っていた時よりも随分弱っているんですね。じっとしているとわかりませんが、飼育箱から出すときに指でつかんで初めてその衰弱具合がわかります。

実は体外受精や顕微授精で得られた胚盤胞(受精後5日目の胚)もこれと同じことが言えるのです。

受精卵の発育は遺伝子のプログラムどおりに行われますから、正しい手順を踏んで培養技術が一定レベル以上であれば、それがまだまだ稚拙であっても一応、移植可能な胚盤胞へ発生します。でも実は見かけ倒しでスイカを一週間食べたカブトムシのようにヨレヨレの状態であるのですね。子宮の中に移植したら着床することなくすぐに死んでしまいます。これは見かけ(胚移植時のグレード)だけではわかりません。

片や、体内環境を意識して大切に育てた胚盤胞は、見かけは同じ(グレードは同じ)でも取り立てのカブトムシのような力強さを持っています。そして子宮に移植された後も、しっかり発育してくれます。

同じ胚盤胞移植でも施設間で成績の差が出てしまうのは、胚盤胞まで育て上げる過程でいくつもある重要なステップをいかに最高のパーフォーマンスで終えることができるかの積み重ねの差なんですね。

われわれは(とくに胚培養士たち)このことをよく理解しており、どうしたら木の蜜をすっているカブトムシのような超元気な胚盤胞を作り出すことができるかいつも考え、さまざまな工夫をしています。
また当院でのこだわりを紹介していきたいと思います。


*補足:早朝、カブトムシを取りに行って親しくない友達と山で会った時の対応のこだわり

中山「今日はドキドキだった!カブトムシに加えオオムラサキまでとれちゃった。」「あっ!あっちから来るのはAくんだ。オオムラサキの入りの虫カゴは草むらに放り投げて、カブトムシはポッケに隠そう。」

A君「おっ!中山!早いな~ カブトいたか?」

中山「ゼーンゼンいないわ!この辺の木」 「ゼーンゼンダメ!この山」



カブトムシと胚盤胞(完)