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どこかの誰かが言った、「人類皆自己中」と。
それは、諦めの言葉のように見えるけれども、ある意味戒めの言葉でもある。
生まれてきた環境、見てきたもの、経験してきたもの、好きなもの、嫌いなもの。
一人ひとりみんな違っていて、全部全く同じ人というのは多分存在しない。
善悪正誤なんて、その人の主観でしかないし、
どういう経緯でそんな考えに至ったのかも、
その人に成り代わったりしない限りは多分わからんのだろうね。
だからこそ、何かを決定づける判断ってのはその人にとっての自分本位になるわけだ。
…だが、どうせ自分本位になるんだったら「己の欲せざる所は人に施す勿れ」。
自分がされて嫌なこと…というより、
「されて嫌だったこと」は他人に向けないようにしていきたい。
大人になって周囲との差を実感したときに「病気(障害)に逃げている」。
やるべきことが多すぎて一個ずつでも進めているときに
「いつになったらできるようになるんだ」「結果が出なければ頑張ってると言わない。」
そうして、自分の考えややり方を全否定された痛み、辛さ、苦しさは今も覚えている。
だから、自分は「否定する言葉」というのはなるべく使わないように心がけたいと思った。
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職場でも他人の陰口言う人ってのは結構いる。正直聞いてていい気分はしない。
で、よく見るとその人もまた、別の誰かに陰口言われてたりする。
「会う人全員鏡と思え」とはよく言ったものだ。
当然このブログを書いている筆者にも「嫌なこと」、「嫌な人」ってのはまあ多い。
炎上を扇動して自分の好きだったあるVTuberの心を壊したゴシップ系配信者とか、
前の職場のパワハラ上司とか、自発的に引き受けたことを罰ゲームとか抜かす人とか。
まあいっぱいいる。
けど、ただ「嫌な奴」では終わらせたくはない。
「うちはああならないようにしないと」…と反面教師にしていきたいところだ。
そして、嫌なやつと言いながらも、自分の気づかないところで
似たようなことをやってたりもするだろう。何事もブーメラン。
ブーメランを嘲笑う人は、ブーメランに泣く。
まああと…否定の言葉を使わない理由という訳では無いが、
先日YouTubeでちょっと興味深い話を聞いた。
「人の脳は、主語を理解できない。
他人の悪口を、自分の悪口とも認識してしまう。
『言霊』というのは本当にあって、口にしてると本当にそうなる。」
…心当たりはいっぱいある(汗)
結構ネガティブ思考に陥りやすい自分なので、
せめて他者と接するときは否定の言葉をあまり使わんように気をつけたいね。
それは自分を否定することにもつながるだろうから。
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