こんばんは。

 

先日、旦那と喧嘩になり、会議が行われた(笑)

内容は私が不機嫌なことに対してキレられるというもの。

よくある男性脳と女性脳の差から生まれるものだと思う。

私は察してほしい。1言ったらせめて3くらいは悟ってくれと願ってしまうが、旦那は1しかやらない。

そのことに対して私がイライラしていると、旦那はイライラするくらいなら不満に思うことをその場で言うべきだと。

察してくれは甘えなのだと言われた。

 

まずは私の言い分を。

朝からやることが沢山ある。いや、正確には「やりたいことが」かもしれない。

そしてそのやりたいことは子どもによって中断させられることが多い。

それは仕方がない。中断しつつもタスクをこなしていけるように頭の中で次にやることなど段取りを常に考えている。

そういった中で旦那はのんびりと起きてきて、自分の朝のルーティンを思い通りにこなし、私の中では優先順位の低い内容の話を振られたりする。

私からしたら「イマジャナイ、アトニシテ」か「カッテニシテ」なのだ。

なぜ見てわからない?忙しいのが。授乳してたらそれはのんびりしているように見えるのか?とんでもない!

 

よく同じ新米ママさんと語るのは、旦那は仕事のできない新入社員のよう、ということ。

言われたことしかできない。自分で気づき、仕事を見つけていくのではないの?

いったい、会社ではどうやって過ごしているの?みたいな。

もちろん全員がそうとは言えないし、そもそも言ってやるならいい方で育児・家事は完全ノータッチみたいな人もいるみたいだけど。

 

こういう思いが重なり、私たちのため息はできている。

 

ただ、うちの旦那は言わなければわからないとハッキリと言ったのだ。

そして察しては甘えだとも。

忙しいのなら忙しいと言えと。手伝ってほしいことがあるなら言えと。

そうしたら手伝うから。断らないよ…。

 

うーん。

割と容易に想像がつくんだけどなあ。何かを頼んだ時「じゃあこれとこれが終わったらね」とサラリと自分の都合を優先する旦那の姿が。仕事帰りに買い物を頼んだ時も「忘れちゃうからもう一回言って」って言葉過去に何度もあったしね。

こちらからしたら、それは二度手間なのだ。言ったその時にやってほしい。できないならいい。自分でやるから。

その代わり邪魔をしないでほしいのだ。マスクどこだっけ?と話しかけるな。知らん。自分で探せ。

 

書いていてもじわじわと、あのゲンナリした感情がよみがえるし、私の感情はおかしいものではないと思う。

 

でも、それでは永遠に旦那とのコミュニケーションが交わらなくなるだけだ。

旦那にどのようにして「察して!」を伝えればいいのか。

そしてもう一つ。旦那は私に「自分の機嫌は自分で取れ」という。

イライラしたらどうしてイライラしたのか。次に同じことでイライラしないためにどうすればいいか考えるべきだと。

アンガーマネジメントをしろということかな。

大きな声で喧嘩を吹っかけてきたアンタに言われたくないわとツッコミたい気持ちを抑え、旦那のいうことも一理あるので、

今日はこの2つのところを少し整理しようと思う。

 

察して。

様々な場面であることなので、なかなか100%の解決は難しい。まず朝だけに限っての解決を目指そうと思うのだけど、

これはやりたいことの共有が必要なのかもしれない。

私のTODOリストを見てもらうことで、できていないことについての焦りや苛立ちを知ってもらうのはどうだろう。

私の頭の中ではこれをやって、次はこれで…と道筋があるけれど、旦那からしたら何をしようとしているのかわからないから、手伝いが必要な状態かも判断ができないのかな?と。

私自身はあまりマイナスな言葉を口にしないよう努めているつもりだったけど、そうではなくそもそも辛い、大変だという状態にならないように努力する方がよいのかも…と思うようになった。

 

またTODO自体も全部こなせたらそれはHAPPYだけど、できないことも多いのであればほんとー--うに最低限にする必要もあるのかもしれない。

中断されたら嫌なことを旦那と子どもが起きてくる前に済ませる…。家族の中で一番遅く寝て今よりもっと早く起きないといけないの…と理不尽さを思わないこともないが、それがわたしの「やりたいこと」であるならば仕方がない。

今の私にとってそれは、筋トレと化粧である。これは朝、納得できる仕上がりにしたい。そうすると一日の気持ちの持ちようが違うからだ。筋トレは最低20分、本当は30分がベスト。化粧は最低10分、20分あればかなり満足できる。

まずは実践してみるか。また一か月ほどしたら振り返りでもしてみよう。

 

あとは旦那が私に求める「できるだけ笑顔でいてほしい」というところ。

これも多分、子どもが生まれてからあれもやらなきゃこれもやらなきゃが先行しすぎておざなりになっている。

確かに、もう少し子どもが大きくなった時、お母さんはいつも余裕がないという印象を持たれてしまいそうだ。

それに最近のんびり屋さんの娘のありのままを受け止めることもできなくなっていた。

娘が幸せそうに笑っていたら、もうそれだけで合格なのだ。そう気づかせてくれたのはここまで愚痴のように話してきた旦那である。

 

なんやかんやで私の未熟な部分を教えてくれる、足りないところも受け入れてくれる大切な存在だ。

 

私はどうなりたいか。どうしたら夫婦が心地よく生活していけるか。

こまめに見直して改善していくしかなさそうだけど、その作業もまた楽しんでいきたい。

喧嘩をするのも、悪くはない。これが今回の会議で得た結論だった。