神様達の意思を
四次元の自分が受けて
三次元の肉体に降ろした時に
神様の意思は
肉体の自分の意思として認識されてしまう
そうした方が
地上の身魂にとって良いから
との事です
神様達は知らない内に
僕たちを先導して下さっています
ただ神様の意思を下ろす時に
肉体側の意思が強いと
ネジ曲がって認識される
これを体主霊従
(たいしゅれいじゅう)と言う様です
身体に霊を従わせる
本来は霊主体従
(れいしゅたいじゅう)だけど
例えば
食べちゃいけないのに
食べちゃうとか
騙すとか
自己中なところとか
静かに自分の心(身魂)に訊いてみると
わかるとかと
結構無視してるかも
でもどれが本当か分からないし
分かりたくない場合もある
いやー美味しくて とか
楽しくて
ぐらいなら良いけど
殺しちゃう事もあるし
自分の心(身魂)に聴いてみよう
ハッキリした言葉ではなく
イメージで来る
イメージを肉体(脳)で解釈すればいい
神社は神様につながる場所で
お願いを叶えてくれる場所じゃない
お願いを叶えてくれる神様は
自己顕示欲の強い神様なので
ちょっと危ないかも
ご利益には気をつけましょう
神様は分からない形で助けてくれる
欲望にかかわる
自己中心で独り善がりな
金運アップや恋愛成就のお願いに
神様は見向きしない
もし叶えてくれる神様がいたら
それは良くない神様かも
叶ってしまうと
その場その時、しばらくは良いけど
将来どちらも不幸になる
自分が良くても
相手が良くなければ
全てが良くなる様に
自分の心地良さだけでは
後々立ち行かない
絶対喧嘩になるし
まあ どんなんでも
ケンカはするか な
自分の思い通りじゃないとか
グスりたくなるのは、自分もよくあって
直すのが難しいけど・・・
その間違いや苦しみも
身魂磨きの一種かもしれないけど
出雲大社も恋愛成就をやってるけど
これは二人の幸せを願う事であって
己の欲望を満たす事ではない と思います