色々な生き方があってもいいけどよく考えてみればわかることもあるよね。
滋賀県、草津市、今日は曇り。
寒の戻り。
今日も、みなさん、転職就職に向けて、技術習得、スキルUPを頑張られている。
パソコンスクールアクトワールドは、DTPやWEB、CADといった専門技術を、転職就職支援付で、
滋賀県では、20年やってきている古いスクールになってきた。
講師は、すべて現役実務経験者のみ。
いまのデザイン事務所やCAD事務所のノウハウをそのまま、スクールに還元しているんだ。
技術の進歩は速い。
CADなんかも、3次元設計が当たり前になりつつある。
WEBデザインも、スマホサイト、レスポンシブルサイトが当たり前になり、
動画なんかもどんどん、編集していける時代になってきた。
そんな中で、PCを触れるだけではだめで、いかに仕事に活かすように触っているか。
つまり、「仕事で使っているか」、がなければ、専門技術は教えてあげられない。
そんなコンセプトで続けてきているんだ。
昨今、成りすましや、経歴詐称など、本当に多い。ネット上ならもっとだ・・。
ネット上では顔が見えないし、もう一つたちが悪い。
だって、成りすましている人には、ほぼリスクがない。(実は多大なリスクはあるんだが。)
(まだTVなんかで顔を出しているだけ覚悟ある。)
そうやって、ネット上で
よくわからない詐欺まがいの商材を売って、
なんとかお金を稼ごうとする人が多い。もちろん、内容の問題だけどね。。。
明らかに、誰かがいっていること(他の人のブログとか・・)のかき集めや、著名な人の話をコピペとかっていうのがある。
それに、ほぼ自分だけでやっていて、その裏づけなんかが乏しいものがある。
科学の証明の世界だったらありえないもの(・・いやありえたか・・?)が売られてる。
因果の法則を知らないんだろうな。とか思う。
因果ってのは、原因→結果の法則のこと。
僕にとっては、ほぼ(というか、そのまま)物理現象。
・・・いや、それよりも、
そんな時間(さも、そういう経験をしてクリアーしてきた成りすましキャラ設定(=嘘)や情報をまとめる時間など)を使うくらいなら、
もっと地に足が付いたスキル・技術などを学んで、
真剣に勉強して、役に立てていくことを考えた方がよっぽど、自分の人生の実になる。
これは、一人では学べないことがあるってことの大きな要素がある。
どんなことも、学ぼうと思うと人に頭を下げないといけない。
こういう当たり前のことを嫌がる人が多くなったんではないかな。
ネットだと頭を下げるとか、教えを乞うっていうことをしなくていい。
これは人にちゃんと接して、合わせることや意見や価値観の違いを交流することを極端になくす。
でも、それで学べることのたくさんの要素を失っている。
つまりは、頭で許可許容するものを先に判断してから、やるので自分と違うものが入らない。
ゆえに、新しい自分には永久にはならない。
つまりは変わることはできない。変わっているつもりでそれは情報が増えてるだけに過ぎない。
自分ではないものが入らなければ、新しい自分にはなりえないからだ。
本当に大事なことはそこにあると思う。
スクールには三重県や奈良や、名古屋といった他府県から、
来てくださっている生徒さんもいて、本当に我々講師陣が頭が下がる感謝の思いで授業させていただいている。
そして、そういうことを感じたりすることも、一つの計画だと思う。
ネット上でも、リテラシーやみんなの知識が増えてきて、
成りすましたような商材や情報を買わなくなってきた。
これは、京都PC教室で、60代から70代のシルバーと呼ばれる生徒さんたちと、
授業をしてきてよくわかる。
もう、僕たち40代の世代の時の、いわいる「おじいちゃんおばあちゃん像」 じゃない。
おじいちゃんおばあちゃんとして、もちろんお孫さんもおられるんだけど、
おじいちゃんおばあちゃんと呼ぶこと自体が、失礼に思うような。。
・・・なんか、感覚が違う。。
メールで、お孫さんとやりとりをしたり、ケータイで画像のやり取り、
スカイプでやりとり、フェイスブックで息子をしかる(笑)、、、
・・・もう、実際に僕らが思う、おじいちゃんおばあちゃんじゃない!
つまり、旅行もネットで申し込めるし、買い物なんかもできる。
これは、すごいことで、そんなリテラシーが向上していっているのを講義をしていれば感じるが、
これも、スクールをしているからだけで、まだまだ一部かもしれないけど、
まったく、入力やマウス操作ができなかった人が、やっていけば、
ブログやツイッター、フェイスブックまでできることだけは確かで、
「LINEってなに?」みたいな話から、いまや、
「ああ、LINEね。気を付けないと。孫にも注意しとこう」
みたいな話ができるようになってこられる。
それは、情報を得ることが誰でもできるようになってきて、
かつ、情報をしっかりと精査するということになってきている。
この情報を得る能力は、比較的、若い世代の方が明らかに高い。
しかし、
情報を精査する能力は、圧倒的に、年配の方のほうが高い。
当然、経験があるからだが、
ネットやITの知識がないので、わからない。。となっているだけなんだと、講師として感じる。
だから、しっかり、自分が使えるようになってもらうと、
そのあたりのリテラシーや判断能力が格段に高くて、
ぜひ、周りの人にも、教えてあげてほしいということは多い。
何が言いたいかっていうと、時代がそういう時代になってきているんだから(・・だからというのもへんか・・)、
妙な、商材や、ちょっとどっかからの知識をコピペしてかき集めて、
専門家的な感じで、PDFかなんかで売ってしまう、子供だましな詐欺まがいな情報商材商法とか、
やめてくれないかな、、と思う(願う)。
もちろん、買う人がいるのは勝手だし、それはいいんだけどね・・。
結局、同じ穴のムジナみたいに、
「お金の不安」→「同じお金の不安を持っている人から」→「お金をかき集める」
という、負のスパイラルを加速させてるし、((コスイ
それが、本当に、その不安を解決させるほどのものであるなら、
それを実行していって、違う形でそれを自分のものにして本物にしてから、違う形で還元していく方が、
いくらか、身になるように思うし、広がりもあるし信用も得れる。
それに、それを売っている本人が、
もっと、「不安からの言動じゃないものになっているはず」だろうって思うのが一番、悲しい。
もう、それは見ればわかるっていうか。
でも、みなれていない人はわからない。
純粋な人(大抵が、若者たち)が、そういうのに引っかかっては、
世の中の大人がこういうことをしているんだって
現実を知る。
経験豊かな大人ならまだしも、若い世代が必死になって、稼いだなけなしのお金を叩いては、
愕然としたり、後悔したり、本当に自分の何かをかけて、藁をもつかもうとして
手を伸ばしてつかんだもの。
それが、、、、、
それで、「学びだ」っていうんだったら、
「それでいいんだったら、じゃあ、おれもやってやる」ってならないかな。
きっと人にそういう思いをさせるから、
自らもそういう思いのスパイラルにはまる。
本当は、そういうのを
「あまり実にならないから、よく見極めて、本当の実になったことから、はじめるならいいけど、
どこかの寄せ集めの設定上のストーリー(ノンフィクションじゃない)みたいなものを売るならやめておきなさい。
それならフィクションで作家になったほうがいいよね」
的なことを言うのが、大人ではないだろうか・・。
率先して、大人といわれる世代が、やっちゃってるんではないかとおもうこともある。
それは、行動したり、矢面に立ったり、それによって、失敗することをビビッているからではないのかな。
何かをしていくことは自分の責任があり、その責任所在をしっかり表明するから意味や意義がある。
失敗することを恐れて、自分を出さないようにやろうとする。
責任を自らとっていくことが大人ではないかな。
結局は、「何のために生きているのか、生きていくのか」ってことだったり、
因果は巡るってことだったり、
人にしていることは自分にしていることである、
とか、
まあ、いろいろな話になるわけだけど、
見えないゆえに、ネットの世界でも、いい大人がそういうことをしやすいっていうのはある。
だから、本名は書かないし、住所も書かないし、連絡先も書かずに物を売る。
責任を負うっていう、商売の基本っていうのから、外れてるって思う。
それで商売してしまうから、おかしくなるのかな。悲しくなる。
・・・ちょっと今日は、寒の戻りに合わせたのか、、、愚痴っぽい話で。。