何が自分になり、自身になるのか。自ら分け、自分を分かり、自信になる
本日、滋賀県草津市は、雪が舞い散る天気。
少し晴れ間が出たと思えば、雪がちらつき、雨模様、のような繰り返しだね。
さむいね。
そんな荒れ模様の中でも、皆さん土曜日の時間を使って、スキルアップされているよ。
今日は、8年ぶりくらいに以前お越しくださっていた卒業生さんが、来てくださった。
随分、前にマスターしたスキルでずっとCADオペレータをされていたそうだ。
うれしいね。
それで、4年前には、製図の基礎講座(座学)も受講されて、
4年ぶりに、今度は、3次元設計を学びたいということで無料体験に来られたんだ。
仕事はずっと途切れず、続けてこられているらしい。
それは、CADに向いておられたということなんだね。
また、その方に限らず、お仕事をずっと切れないで続けておられる人は、
それに並行して、ご自身のスキルアップ、レベルアップを少しづつされている人が多いね。
見越して、先に学んでいこうという姿勢を持っている人が多いんだ。
一度、就職できても、それに甘んじず、更に少しづつ、自身のできる事を増やしていこうとする姿勢は、
本当に、尊敬します。
僕は、必要性に迫られないとできない人間なので、余計にそう思うんだ。
結構、男性は、そういう傾向が多い感じがするね。
女性は、先んじて、ある程度、勉強したり、技術を少しづつ習得しておこうという気持ちを持っている人が多いきがする。。
今日は、午前中は、琵琶湖の向こう側の比良山が、雪化粧した姿をのぞかせていたけど、
午後から、全く見えなくなった。
それは不思議な色をしている。
昨日、インターンシップに来ていた子が、ひとまず卒業を迎えた。
少し、打ち上げをして、話をしたんだ。
はじめの段階で、すでに「自分が何をしたいのかわからないんです。。」という状態で、
かつ、パソコンスキルはほぼゼロだった。
その子が、とにかく、ワードで書籍の編集や修正作業ができるようになり、
資料作成もして、簡単なホームページの更新までした。
でも、まだ、自分がしたいことが何なのか、不明だという。
それは、それでしかたがないね。
十分、パソコンを使った業務も出来るということはわかったということだね。
でも、パソコンはやればできたということ、それがほんとうにしたいことなのかは別問題だろうしね。
そして、それは、仕事をする定義というか、自分の意義によって変わるだろう。
生活のため?
社会的な責任?
したい事を探していくプロセス?
やりたいことを仕事にすること?
お金を儲けること?
人のつてを増やすこと?
なんだろう。
はじめは、消去法でしか考えられないんじゃないだろうか。
それすら、もちろん、未熟な経験値の上の間違った消去かもしれない。
でも、絞り込んでしくことが日々、必要だし、自分の持っている本質と180度違う方向へ行くのは苦痛だろう。
だから、おおよその方向、向き、ベクトルを見定めて、
そちらほうこへ、一番、現時点で近い飛び石へ移っていくしかないだろう。
それは、経験していくしかないということに成る。
でも、ある程度、見定めていく、模索しながら、進むってことだろう。
いくつになっても、それは程度が違えどあるだろう。
今日来られた人だって、8年以上、CADの仕事をして入るけれど、
その方向で、更に模索をしておられるんだろうし。
自分に向いている、自分が好きだって思うこと = それをやっているときに自分らしくいられること
じゃないだろうか。
人は、自分らしくどんな環境であることが出来れば、幸せであるはずだ。
その表現の中で、自分らしい表現がしやすいツールや、
業務、内容、環境であれば、それは、自分がやりたいって思う確率が高いといえる。
それをどのようにみつけるか。
それは、やってみるしかない。
しかし、現代は、なかなか、10年もやりつづけて、”ちがいました”
といいながら、5回も、10回も、やりなおせない。
ならば、
いつもここに書いているように、1から10,
1から100を知る洞察力が必要なる。
例えば、無料体験講座を、スクールでは実施していて、
殆どの人が、これを受けてみてから、決められる。
こうやって、少しの体験から、自分に合っているのか、やってみたいと思えるのか、
そうでないのかを見定めて、進んでみなくてはいけない。
完璧な答えがないし、完璧にやりたいとおもえることがないならば。
自分らしい表現に合っているか、あっていないか
それを見定めるには、
すくなからず、「自分らしさ」を本人が自覚していなければ無理だ。
だから、学生時代をすごしたならば、自分らしさぐらいは、ある程度、見定めておく
客観性がいる。
それをスタートに、自分をどのように表現していくことが一番、
本質に合っているのかで、見ていけばいい。
パソコンも、各種ソフトが有り、
それぞれの特性や、特徴で、向き不向きが実際にある。
これは、僕達が見れば一発で分る。
以前、こられた、高校生の女の子も、
お母さんのススメではあったけれど、
しっかり、パソコンを学びたいということで、マスターされて、資格も取得できて大喜びだった。
それが、ご本人の本質に合っていれば、結果も自ずとついてくるし、
結果が、ついてこなくても、それは、時間の問題で社会で使えるものになっていくんだ。
でも、デザインでも、なんでもそうだけど、
自分らしさという、自分の表現の基を持っていない人は、
それがない限り、スキルを付けても、全く進まない。
持っている人でも、同時並行的に、その自分らしさを高め深め広めていくために、
模索模索を続けていくんだから。
何かに迷った時
それは、道に迷ったと言うよりも、
自分が目指す方向がわからない、決められない、≒やりたいことがない ってことがおおい。
そういう時に、原点に戻れる人はつよい。
その原点が、「自分」
本質的な自分だろう。
「自」らを「分」るために、
「自」らを「分」ける
たくさんの、自分らしさを表現してみて、
「自分が分かること」が道理で、本質的な”流れ”だろう。
それは、人それぞれの段階で、ペースで、スピードがあって、
でも、それをある程度一様にしようという、社会的な教育システムの中で、
弊害も有り、迷い続けてしまって、絶望してしまう悲しい人も多い。
でも、よーく、観てみれば、
そうでもない。
よーく、自らを分かち合って、自分らしさをたくさん分けてみて、
表現してみて、自らがわかった時に、
それが、本当の「自分」になる。
そうやって、育った自分は、失われない自身になる。
そこに表現や周りや、仲間やいろいろなことやものを自らを分かち合い、
自分自身のように「信じて」いくことができると
=自分の本当の「自信」になる
だから、資格や実績をつくったら=→自信になる とおもうと、案外そうじゃない。
幻想だったりする。
ベクトルが違うんだ。
プロセス=→ になにがはいっているかで、
それが、自分自身になり、そして自分の自信になるかは、別問題なんだ。
今日も、メンターとして、いろいろとご相談にものっていたんだ。
先日は、スクールの方じゃないけれど、長野の方からご相談に来られた人のお話も聞いていたんだ。
迷われている方は、お気軽にご相談ください。
追伸、
2/24 日曜日の坂井先生の温めると痛みが治る講習会、
まだ、少し空席がごさいます。
もし、ご興味をお持ちの方は、お気軽にお問合せ、ご参加ください。(前回の記事をご参照ください。)