対話の基本姿勢の大切さ
今日も、生徒さんといろいろ話したよ。
お仕事を探されているとのこと。
学生時代、留学していたらしく、すごく、よかったらしい。
なにがよかったか?
いろいろと、声をかけてくれたり、
ひととひとがいきいきしいて、みんな、自分の意見をいいあうらしい。
日本に帰ってきて、
みんな無表情で、他人に無関心なのに、反対に引いてしまったそうだ。
なるほどね。
そうだろうね。。
就職活動においても、ちゃんと人と話が出来る人、っていうのは、
あまり、聞かれないし、問われないし、当たり前みたいだけどね。
話ができるってのは、価値観の違う人と、自分の違う価値観をちゃんと面と向かって、
話ができるかってことが、土台だろうと思うけどね。
世間話が普通にできたって、
価値観の相違を把握しながら、
大人として、意見の交流をしていくってのは、意味が違うからね。
実際、あんまり、価値観自体についての話し合いなんて、
友達同士でもしないんじゃないかな。
日本人は、余りものをもおさない 世界でも変わった国らしいね。
空気を読みすぎるっていうか。臆病なのかもしれないけどね。
それは、美徳もあるし、いわいる、文化にも、わび、さびっていう、不思議な風情もある。
デザインなんかをしていると、このわび、さび、情緒みたいな雰囲気を理解できのは、
日本人だけみたいだね。
それでも、この情報化社会では、
やはり、もうすこし、自分の意見を大人として話せるようになるべきだよね。
自分と価値観の違う人達に、ちゃんと大人として、自分の意見を述べること。
この人との基本的な対話をなかなか、おしえてくれないし、
実は、大人という大人が、それをしていないことが多いよね。
自分の意見と違う意見を言われると、 =自分が否定された と何でも捉えちゃう場合も多いし、
自分の意見を感情的にならずに、しっかりと伝えることができなかったり、
言葉の使い方を間違ってしまったり、
自分が落ち着いて、話す姿勢があっても、相手がそれを全く無視で、喧嘩腰ならば、
話し合う余地がないってところに、難しさがあるね。
大事なことだよね。
大人が、子供の教育の時に、
頭ごなしに、おこるだけっ! ってのが多いよね。
物心ついていきたら、ちゃんと座って、意見をまず言わす。
その意見に、大人の意見として、
話をする。
小さい時から、こういうしつけや教育をしてなければ、出来るわけがないよね。
すくなくとも、自分の意見を大人として、
ちゃんと話ができて、
でも、日本の美学として、わびさび、風情をよむみたいな。
いやーむずかしいね、。
人と深く付き合っていこうと思えば、
やはり、しっかり対話をするという対話の基本姿勢を学ぶべきだね。
それがなければ、どちらかが、我慢、忍耐、
どちらかが、怒る、切れる、
この先にあるのは、 破壊と分裂、 だけだもんね。
繰り返した先に、成長があればいいけどね。
パワーポイントなんかは、
使い方よりも、表現、伝え方にあるからね。
まさに、この対話の基本姿勢が大事だよね。
結構、
こういう、対話で自分の意見をちゃんと話すってのが、土台にないと、
プレゼンテーションはできないよね。
だから、結構、日本人はプレゼンテーションが苦手というか、
面白くないプレゼンをするだろうね。
それゆえに、ソフトに頼ろうとする傾向が強いね。
それに、パワーポイントのデザインなんかは、
ワード文章のコピペみたいなものが多いけれど、
それではだめだって、
プレゼンのプロはいってるね。
わびやさび、
それに、シンプルさ。
そういったことで、訴求して、
あとは、語り手の情熱や、魅力になるんだろうね。
それは、自分の意見や価値観を
どれだけ違う人達と、
大人として、意見交換してきたかの経験だろうね。
理解よりも、まず、違いを知る、意識が大事なんだろうね。。