2019年3月14日の朝、静かにそっと伯父が旅立っていきました。
私にとっては、父親のような伯父でした。私が18歳の時に48歳で父が亡くなったのですが、それからは何かと気にかけてくれて、私と弟が何か大切なことを相談するときは、亡くなった伯父でした。伯父が一度倒れてからは、伯父に心配かけないように相談ごとをすることは控え、安心してもらうことに努めました。
子供の頃はよく怒られて、怖い伯父でしたが、不思議と大好きな伯父で、私の母が頼りにしていたのがよくわかります。


厳しいことをストレートに言ってくれる伯父でしたので、私が道を外さなくて済んだのも(笑)伯父のおかげです。
身内だからこそ、大切だからこそ厳しく接してくれる…
考えてみると、若い頃私の周りにはそんな人がいっぱいいました。腹も立ったり、悔しくもあったりしましたが、今にして思えば、ありがたいことばかり。

自分は、今若い次の世代の人たちに、愛をもった厳しさを向けられているのかと…自問自答しています。
ただの優しさになっていないか
ただの怒りになっていないか
ただやり過ごしていないか

改めて伯父の生き方を感じて、考えています。


昨日の通夜で、母が亡くなった時の斎場で流れていた「川の流れのように」が耳に入った瞬間に、母が伯父を迎えに来たのかとドキッとしました。
母にとっては、大好きなお兄さんとともにあちらの世で楽しく過ごすことになるでしょう。

そして私は、伯父の死を通して、また一つやるべきことを背中に背負った感じです。
伯父と血が繋がっていて良かったと思います。通夜に集まった親族みんなと血が繋がっていることにも嬉しくなりました。何十年も会っていなかった従兄弟たちと懇親会のようでしたが、これも伯父が招いてくれたこと。
時を超えて、みんなわかりあえる血の繋がりです。

親族が多いことが煩わしいのではなく、心から嬉しいと思うのでした。

伯父の冥福を心から祈りたいと思います。
天晴れな人生でした。