毎日酷暑続きです。13日からお盆ということで私も和歌山の親戚めぐりをして、ご先祖様に手を合わせてきました。尾陰家は、どうやら元禄時代(1700年代初期)から続いているようで家系図もあるのですが、私のルーツは?ということで、今回は和歌山市内に住む伯父の家にお参りに行ったときに、先祖代々のお名前と戒名なんぞを聞いてきました。寛政という年代が最初にあったので、どうやら1700年代後半のようです。松平定信の寛政の改革なんて社会科で習った記憶が・・・庄屋をやっていたなんて聞きましたが・・・今まで、あんまりご先祖様のことなど気にもかけなかったのですが、いろいろと話を聞いていると、何だか感慨深げになります。(ノ゚ο゚)ノ 私の祖父と祖母の戒名も始めて知り、祖母がクモ膜下出血で倒れて母が駆けつけて看病し続けていたことなど徐々に記憶が蘇ってきます。父の兄が学校の先生で生徒をかばって銃に撃たれて亡くなったのが終戦の日、8月15日ということも話には聞いていましたが、あらためて知ると何ともいえない気持ちになってきます。伯父はすでに82歳ですから、祖父よりも長生きをしていることになります。思ったより元気で安心しました。私の父が生きていたら77歳ですから、やはり伯父には長生きしてもらいたいです。次に母のほうの実家にお参りに行きました。和歌山の広川というところです。高速ができてずいぶん近くなりました。この場所は、小学校のころ、毎年夏休みには長期滞在をして従兄弟や近所の年の近い子供達と真っ黒になって遊びまわっていた場所です。母の生家でもあります。今は母の生家のすぐ近くに伯父達は住んでいるのですが、今でも当時の家がかなり荒れてはいるものの存在します。

久々に中をのぞかせてもらうと、まだ釜戸があり、井戸があり、五右衛門風呂のあとがあり・・・娘の由夏も何となく感動していました。娘は、亡くなった母とこの生家の近くの畦道を歩いたのがとても記憶にあるらしく・・・また、おばあちゃんと歩きたかったなぁ~なんて言ってました。


母の生家  母の生家です家


広川の畦道  子供の頃走り回った畦道女の子