assign's vitae -8ページ目

充電完了

ぽかぽか陽気の日曜日の朝。

東京に戻ってきたよ。

これからまたしばらく東京でやってくね!


前回は京都の喫茶店。

京都の夜は先斗町のおいしい料亭でご飯を食べて、バーに行って堪能してきた。


ただ、京都で歩きすぎて、左足膝を負傷。

翌日、整形外科に診察に行く羽目になっちゃった。
(結果はただの筋肉疲労やと)

症状はわかったけど、特にすぐに治るわけでもない。
清水寺の三年坂が、ちょっとした試練にすら感じた。


↓ノスタルジック鴨川

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↓上島珈琲店@河原町

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その後はまた大阪に舞い戻りお酒を浴びる。


とあるバーテンダーさんが言ってた。

「お客さんが久しぶりにバーに戻ったときに、昔と変わらないなって思ってもらうには
ちゃんと自分も進化しとかないといけない」って。


お客さんも成長するから自分も同じように成長しておかないといけないって。



自分はどう映ったやろうか?



さて、ノスタルジック期間は終了。

前に進もう。

大阪ラバー

昨日大阪に到着。

夜は4件飲みに回って今日は二日酔いぎみ…。


エスプリ梅田北

Bar KILN

くえろくえら

Bar アイリー・ガット


大阪を出てもう5年になるんやね。

状況はだいぶ変わってるね。


エスプリ心斎橋は閉店。

佐居さんが新しくBarを開店。

くえろは移転。

杉さんもBarやってるし。


ただ迎えてくれる人は変わらず、暖かく迎え入れてくれた。

なんか一生懸命やって良かったなって5年経った今、ようやく実感して、昨日の夜は深く感動してました。


「努力は必ずしも報われるわけではないが、無駄な努力はない」


どっかで見た言葉。

これまでの僕の人生の中で、努力というか真剣に一生懸命やったのは2つ。

このBarと前職の不動産営業。


さっきの言葉は確かにそうかもしれんけど、こと僕の場合に限っては報われてるな~。


ありがたいこと。


夢中になると周りが見えなくなることがあるけど、こうやって報われたと実感できるのは、多大に周りの人のおかげ。


感謝。

ありがとう。



今は京都の河原町。

お寺回ってサウナ入って、喫茶店でビールを飲みながら。




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キュレーションの時代を読んだよ

3月からインターネット広告業界で働く僕にとって、今は勉強期間やけど
とても良い本を見つけたので、ご紹介します。


「キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)」
佐々木 俊尚 (著)

キュレーション:
「無数の情報の海の中から、自分の価値観や世界観に基づいて情報を拾い上げ、
そのに新たな意味を与え、そして多くの人と共有すること」



◇◇◇

インターネットと将来の情報との向き合い方について書いた本。

膨大な情報量の中から適切な情報を選び出していく手法は、信頼できる視座を
持ったキュレーターを見つけ、そこから有効な情報を得ていくことだという主旨。

※視座=その人の価値観や世界観も含めた視点

◇◇◇


マスメディアの衰退。

僕は1982年生まれ。

地方のごく一般的な家に生まれ、大学も卒業して東京で働く。

物心がつく前から家で過ごす大半の時間はテレビを見て、政治・経済・海外情勢・
音楽・ファッション…などあらゆる情報元は、テレビなどのマスメディアやった。
マスメディアの情報が全てで、情報の優先順位もマスメディアの優先順位と同一の
ものやった。

右向け右。あとは同じ価値観の中で人よりも優れたものをという「記号消費」が
僕の中でも存在しているという事実。


そしてインターネットが普及して情報の量が膨大になった。

ネット普及当初は匿名の情報の信憑性が問われたが、今では誰が書いているか
オープンになっている状況。著名人ではなくても過去のログは全てネットに残り、
信頼するしないは個人の判断に委ねられる。

信頼する人の意見はマスメディアと食い違うこともあり、多様化する意見の中で、
統一価値観に疑問が浮かび、衰退していく。現在実感中。


その信頼する人こそ。キュレーター。

キュレーターの価値観や世界観を予め理解した上で、的確な情報を得た方が、
それぞれの情報の信憑性と問うよりも早く現実的であるという考え方。

実際、著者は

そもそも私たちは、情報のノイズの海に真っ向から向き合うことはできません

とも言っている。



また、統一価値観が浸透しないことで起こるのは、従来のマスメディアに情報を
大量に流すだけの手法ではビジネスモデルとしては成り立たないということ。

特に、これから臨もうとする広告業界においては。


広告という言葉(広く告げる)自体がすでに存在が危ぶまれ、インターネットに
よって、情報を求める人が存在している場所(=ビオトープ)も、多様化して、
細分化されている。


その多様化し、細分化されたビオトープにどうやって情報を届けるのか?
ビオトープにキュレーターが関与するのであれば、キュレーターを介してどうやって
的確に情報を伝えるのか?


そんな問題を歴史背景を中心に今後の展望として示してくれたこの本に受けた
影響は大きい。


ただ、もしこの展望の通りになるので、あれば少なくとも昔から考えていた僕の
理想に近い世界になるということ。


画一的な大手・ブランド志向の拒否。

資本がものをいい、本質的に良いものが良いと認められない構造の変革。



この社会の中で大切になってくることは、個々人の魅力と判断力。

・キュレーターに見出されるのは宝くじに当たるような偶然なものではなく、
 本質的な魅力あるコンテンツであるということ。

・キュレーターの存在の見誤れば、偏った情報が入っているということ。


マスメディアの画一的な情報を与えられる方が楽やった。
でも多様性が生まれる今、自らも勉強をしてキュレーターの存在の発見や魅力ある
コンテンツの創造が求められる。


とか考えてみたりした。



思ったことバッて書いてみたけど、改めて書いたの見てよくわからんので、
もう1回読んでみます。