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解放桜

桜が良い感じになってきた。

入社式があって入学式があって新学期、新年度が始まる。

先週末は花見をしたけど、まだ寒く桜もまばら。

今週末がピークかいね。


おれも新しい仕事にそろそろ慣れ出した頃で、結果もまぁ想定範囲内。

順調な滑り出しやね。

順調な中にもトランス状態になることもちょいちょいあって、それは
それで気持ちがいい。


きっと何かに夢中になって突っ走ってる方が性に合ってる。


見失いかけた自分は、もう自分の中に置いておかないようにすると
楽になってきた。


ここでもクラウドって良いね。

おたくのサーバではダウンしちゃうって教えられたような気がするよ。


open free!

おれってこんなやつさ


$assign's vitae


どっか遠くばっか見て、目先のことがわけわかんなくなっちゃう。


この桜が綺麗な時期に。

わがままだけど、欲がなくなったと思ってる相反するおれは
解き放たれる。


昔あった一座建立

「お客様は神様です」の時代は終わりました。

ありがとうございました。


という考えの下、今仕事をしています。

なかなか受け入れてもらえない人もいますが、それはそれでいいです。



昔、大阪でBarをやってたときに思ってた。

大手ブランドが嫌いやと。

こじんまーり大阪の田舎の片隅で個人店なんかやったもんで特にそう
思うことが多かったんやろうね。

画一化された情報の中で、右向け右の消費に走って経済成長してきた
戦後の、高度経済成長の背景はわかる。

だからありがとう。


でももういいやん。


今おれがやってるのはWebのプロモーションっていう得体の知れない
もの。


ROIなんておれは保障できないよ。
会社で全力を挙げても、業界全体を挙げても保障なんてできないよ。

1+1=2みたいな答えがある仕事してるわけじゃない。

答えを提供してるわけじゃない。


わからんもんに対して一緒に考えていこう。

それに対しておれが知ってることは全部教えるから、足りないとこは
教えて。勉強するから。


まだ新しい仕事始めたばかりのおれが言うのは言い訳なんかな?

いや、今はスタンスの話や。


集合知も含めて、個人としてどれだけ有益な人材であるか。


個としては社内にも社外にも別に態度は変わる必要もない。


複雑化、多様化した中では誰もが手探り。


もう会社とか肩書とかいう概念なくなってしまえばいい。



個が重要になり、でも社会に溶けだしカオス化していくような社会。



今は東電。

神様なお客様に誤解を与えないように、混乱を巻き起こさないように
データ収集後、なぜか協議の時間を経て情報が発信される。


これが正解ですって出し続けてきた経験からかな。

もちろん各方面からの”助言”もあるんかもしれんね。


確かに、神様的な受け取る立場も現状こうやから仕方ない部分でも
あるけど…。


今はもう仕方がない。


おれも含め、受け取る側の準備もできてないから。


でもこの教訓は原発近くの堤防を高くしたり、非常用電源を海岸から
遠くに持っていくっていう単純な問題じゃなくて、もっと本質的な
考え方が変わるきっかけになればいいと思う。



この根源を変えるのは教育なんかな?

その教育が画一的政府下にあるうちは変わらないんかもね。



最後に、ひとつだけ。

「主客一体」

招く側と招かれる側が協力し、ともに一体となってつくりあげるもの。

茶道では、

「一座建立」(いちざこんりゅう)



神様なお客様、ありがとうございました。

ないとくるーじんぐ

今日の曲。




東京に出てきて、5年が経つ。

何を得て、何を失ったんやろう?



5年前の今頃よりもうちょい前。


西日本を青春18きっぷで大阪から四国経由で地元九州に寄り、山陰経由で
大阪に戻った。

たぶん2週間くらいやったと思う。

大阪→高松→金毘羅山→坪尻駅→桂浜→道後温泉→地元九州→黒崎
→足立美術館→倉敷→神戸→大阪


その道中で頻繁に聞いてたのがこれ。



神経むき出しのときの方が感受性が高い。おれの場合。


今、体が病んでいるようで、心も折れそうになる。

そんな神経むき出しの状態のときにこそ、響く。



振り返れば、当時、死を意識していないやつが好きになれなかった。

若かった。


今そうじゃないのは東京で学んだことか。