JAM | assign's vitae

JAM

地震から1週間。

経済発展のためと思って飲める酒の量も一人では限界があることに
気付いた。あとちょっとでおれはメルトダウンする。

微力ですな、まったく。


今晩の渋谷も人は少ない。帰ってきた吉祥寺でもヘロヘロになって
一人で歩いてるおれに必要以上にキャバクラのキャッチが話しかけて
くるのってことはよほど深刻なんやろう。(それか完全見込み客と
思えるぐらいヘロヘロやったか。)


でももう飲めね。


よし今日最後の力を振り絞って書いてやる。


以前、脳科学者の茂木健一郎さんが発した言葉。

「遠くのものを愛すること」

難しいよ。これは難しい。


地震が起きて民放含め全部地震一色になった日が数日続いた。


津波の映像が流れ、避難所での苦しい生活を映像で目の当たりにした。

これらのマスコミ報道にはいろんな批判もあった。
(ヘリを取材で飛ばすことで生存者の声が届かなくなるとか、取材前に
こういう画は受けるとかの打ち合わせがあったというリークとか。)

これを真に受けるわけじゃないけど、なんのための報道かと個人的に
強く思うこともあった。


ただ、数日して辛い映像ばかりだとPTSDとか子供にも影響が良くない
からと通常の番組が流れ始めた。


その番組をちらりと見たとき、すごく日常やった。震災で苦しむ映像を
見て悔しい思いをした自分が一瞬にして飛んだ。


遠くのものを愛する難しさ。


おれが今の段階でできることは常に情報に触れ続け、自分自身に影響を
与え続けさせることくらいか。


ただ、あの時の映像を見たときの気持ちのままいれば、少なくとも
買い占めはなくなるやろう。所詮自分の命が惜しいだけさ。


なぜ悲しい?

それは自分に影響があるから。
家族や知人のことだから。


Jamを思い出すね。日本人はいませんでした。

だから何?

知り合いがいたらどうしてた?

今は見えない経済って知り合いがそこにはいるかもしれないよ。





※ちなみにこの文章はつじつまが合っていない可能性があります。
もう読み返して書きなおすつもりもないのでまた明日確認します。

明日多少文章の変更が行なわれるかもしれませんが、ご了承ください。

情報は流れ、変化していくものです。



追記:ほぼイキで。(2011/3/19 13:07)