めっちゃ遅くなったけど、
ようやっとスマホを使い出した。
まだちょっと慣れないけど、
やればできるもんだな。
スマホで打ってるから、
なんか変な感じ。
今までカメラの写真を取り込んでたから、
これで写真が楽に投稿できるかな?
めっちゃ遅くなったけど、
ようやっとスマホを使い出した。
まだちょっと慣れないけど、
やればできるもんだな。
スマホで打ってるから、
なんか変な感じ。
今までカメラの写真を取り込んでたから、
これで写真が楽に投稿できるかな?
昨日は草餅づくりだった。
春彼岸はいつも
草餅を作ることが多いので、
朝から忙しい。
量が多いので、
かまどで湯を沸かし、
せいろに米を入れて
蒸かす。
一時間ほどでコメが蒸ける
ので、蒸かした米を
練り出し式の餅つきに入れて、
そこに、
摘んで茹でておいた
ヨモギを少しずつ加えて、
いくと、草餅になる。
動画お借りしました
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こんな感じ。
練り出し式のほうが、
餅草と米が均等に混ざって、
舌触りがなめらかになるそうな。
練り出し式の餅つきだと
もちが棒状に出てきて
そのままだと成形しずらいので、
家庭用の普通の餅つき機で、丸く成形する。
後で撮ったのでお餅はないや
この中に練り出しで出てきた
草餅を入れて数分つくと、
丸ーくなって、
なめらかなお餅ができるのだ。
それを手で丸くして、
ラップでくるんで終わり。
午前中いっぱいかかって、
200個以上作った。
これをすると、終わった~~
って気になる。
彼岸に配る草餅の付け合わせに、
昨日から祖母があんこを煮ている。
でかい大鍋で、小豆を煮て柔らかくし、、
それをすりばちで摺って濾したものに、
水と砂糖を入れて、グツグツと何時間も煮詰めるのだ。
何時間も経過して、鍋の中の水分がなくなってくると、
鍋から独特の音がしてくる。
ブシュッ、 ブシュッ、 ゴトッ、ゴトッ、
シュー、シュー
あんこのなかの水分が沸騰し、
熱せられて、
空気の行き場がなくなり、
さながら火山の噴火のように、
あんこの中から噴き出すのだ。
熱風が空気穴から抜け出るみたいな
音がして、蒸気がバーッと上がる。
こんな時に鍋の近くにいると、
粘り気のあるあんこが、ブシュッと吹きあがるので、
噴き出したあんこが皮膚にくっついてやけどしてしまう。
だから長袖で、完全防備でやる。
あんこが噴き出してる中を、
時々焦げ付かないように木べらでかき混ぜる。
まるであんこが噴火してるみたいだ。
作業しながら、
誰ともなしに、あんこが噴火してるね~
なんて言っていたよ。
やることあるのに
どうしても気分が憂鬱なとき、
自分に、「それでもやろうとしてくれて、
ありがとう」 というと、
ウダウダした気分が静まる。
今日はそれでちょっと気分が晴れたよ。
やろうかなって気になってきた。
いたわるとか、労うって結構たいせつなんだなぁ。
前者のタレントさんで、めっちゃ相槌やコメントが
上手い人がいたんだけど、
これが理由かもしれないな。
後でもうちょっと詳しく書こう。
前者の言葉のキャッチボールが
実際の会話でどう使われてるか、
後者にも分かるように丁寧に説明してくれてる
会話してて、話遮らないでよ~って言われがちな人へ
アメバがおススメしてくれた
過去のブログを読み直していたよ。
後悔したい病
もとは、ナリさんのブログから。
後悔しないと学ばない、
だから、自分を変えるために
嫌な現実をわざわざ作る。
自分をいじめたい。
後悔させたい。
苦しみたい。
「じゃないと学べない」
「学べないから自分は変わらない」
と思ってるから。笑。
さすがに、
ここまで後悔すれば、
変わるっしょ!
という期待。
こんなことを、またやってる気がする。
後悔しても、またやる。
だからそれなら、そのままで幸せになっていい。
後悔しなくても、幸せになる力は、ある。
あなたはできる。
自分の望んだことを叶えられるだけの
力がある人だよ。
過去のブログを読んでると、
今の自分に言いたい言葉が
たくさんだ。
ちょっと考えたんだけどさ、
やりたいことがあっても
やる気が出なくてやれないとき、
そんな自分を責めるのが、
やりたくない気持ちになる原因かもな。
ブログもさ、更新したいと思ってても
やる気が出なくて休んじゃうときあるじゃない?
そういうとき、
あぁ、今日は休んじゃったなぁ、
ダメだダメだ、、、って思うと、
自責めのループに入って、
再開するのが重荷になってく。
余計できなくなってくんだよね。
だから、出来てなくても、
やってない日が続いてても、
まだ続いているという
意識ですることにした。
やろうとする意識がある時点で、
やってる、続いてるってことにしちゃう。
そうすると、出来てるって思えるから、
ちょっとやる気が出てきて、
もうちょっとやってみようかなって気になる。
すごくおっくうなことは、
そんな発想の転換をしてみると
いいと分かったよ。
こう思えるようになるのに、
失敗貯金の考え方も、
参考になった。
失敗貯金っていうのは、
失敗の怖さを和らげるための方法で、
●1日の終わりに、誰かと、今日の失敗を共有する
●失敗したら、いいチャレンジをしたという意味で、
ナイスチャレンジ!って褒め合う
●1つの失敗につき、100円など、金額を決めて貯金する
これをしてると、失敗に対する考え方が変わってきて、
失敗って挑戦したという意味では良いこと、
それだけチャレンジをした自分
ナイス!と思えるようになるそうだ。
失敗の捉え方が、
自分が考えてたのと全く逆で、目からうろこだし、
実践しやすくて、すごく楽しい考え方だなって思ったんだ。
今日の私は、
こんなことを考えて、
一喜一憂しながら進んでる。
トランスチャネラーの優花さんのブログを
さかのぼって見てたら、
これからの時代は所有じゃなくてシェアだ!
という話が引っかかって。
物々交換か~
︙
︙
︙
それでフッと思いだした。
この間ウチで、知らない人と、いつのまにか
物々交換をしてたよ、という話。
この間さ、
全然知らない人が来たのよ、家に。
なんだろう?って思ったらさ、
「玉ねぎの苗、分けてくれません?」 って言うんだよ。
うちは田舎だから、割と敷地が広くて、
うちの前に畑がある。
その畑で祖母が野菜を作ってるんだ。
そんで、余った玉ねぎの苗が、
畑にざっくり植えてあったんだよ。
ウチの畑は道路に接していて、
遮るものが何もないので、
通った人が、ちょうど余ってる苗を目にしたんだろうな。
その人も、玉ねぎ作ってるんだけど
苗が育たなくてダメになっちゃったらしくて、
うちの中に入ってきて、
「玉ねぎの苗分けてくれませんか?」
って相談に来たんだよね。
ばあさんと話になって、
近所の家でも貰いたい人がいるかもだから、
2月末まで待って、それでもあるようだったら、
あげるよ。ってことになった。
そして、こないだ取りに来たんだけど。
私、これ、ほんとすごいな~!!って思ったんだよね。
私だったら、すごく欲しいものがあったとして、
全然知らない人のうちに上がって、いきなり
「譲ってもらえませんか?」 って聞けるか?
いや、無理だな、、、と思ってさ。
自分だったら、迷惑かも、、とか、
不審がられるかな、とか、断られたらとか、
考えたら行けない。
そもそも、なかったらまず買うことを考える。
譲ってもらうなら顔見知りの人に頼むし。
それでなかったら諦める。
畑作業のとこに通りかかったってんならともかく、
全然知らない人の家に上がって頼むって
想像もしないと思うんだ。
玉ねぎの苗がなくて
とっても困ってたのかもしれないけど、
見ず知らずの人の所に訪ねて行って、
譲ってくれるかもって思えるのもすごいし、
実際に行動に移しちゃうのもすごいよなぁ。
なんか、頼んだら譲ってもらえるかもしれない、
そう思えてるその人が
すごいなぁ。。。と思った出来事。
そしてこの玉ねぎ、自分のウチでは
余りものだから、もらってもらって良かったものでもある。
お礼に大福と桜餅を頂いたから、
物々交換みたいな感じになったんだよね。
ばあさんも、まぁ、いいよ、って感じだったから
昔の人って、こんな風に物々交換で
いろいろやってたのかなぁ。って思うし、
すごいなぁ、って思うのよな。
おじさんおばさんののバイタリティというか。
知らない人とも、スッと知り合いになれちゃう
この感じ。
このぐらいフランクに、シェアとか物々交換できたら、
また違った世界が開けてくのかなぁ、なんて
思ったよ。