48歳で日清食品(当時はサンシー殖産)を起業した安藤百福のチャレンジ精神は、90歳を越えても枯れることはありませんでした。
ずっと胸に描いていた夢・世界初の宇宙食ラーメンの開発に挑戦したのです。
以下は、2001年夏の記者懇談会での質疑応答です。
「会長は今でも新製品に意欲的と聞いていますが、どんな開発構想をお持ちですか」(という質問に安藤は)「人間はどこに行っても、どんな環境でも食べなければならない。
宇宙に行っても同じですよ」と答えた。翌日の朝刊に、「安藤会長宇宙食を開発」という見出しが躍った。」(『転んでもただでは起きるな!』安藤百福発明記念館 編)
ちょうど野口聡一宇宙飛行士のスペースシャトル搭乗が予定されていた2003年に向けて、本格的に宇宙食ラーメンの開発がスタート。
技術的な課題も多く難航しますが、それでも安藤はやはり陣頭指揮をとって現場を鼓舞しています。
「宇宙船内では気圧が低いことと安全のために、給湯温度が75度程度に設定されている。そのため75度のお湯で戻るめんにしなければならない。
無重力なので、めんやスープが空中に飛散しない工夫が必要だった。スペースシャトルの壁面には計器類がびっしりと並んでいる。全面が精密機器のようなものである。
そこへラーメンのスープが一滴でも付こうものなら、飛行に重大な影響を及ぼす。そこで、めんはほぐれないようにボール状に絡ませ、スープにはとろみが付けられた。」(同)
予定通り、宇宙食ラーメンは開発着手から2年で完成し、「スペース・ラム」という名前がつけられました。
当初は醤油味、味噌味、カレー味が用意されましたが、野口飛行士の希望で、豚骨味も追加されています。
NASA(アメリカ航空宇宙局)の厳しい審査も無事通過して、いよいよ安藤のラーメンが宇宙に飛び出そうとする矢先、コロンビア号空中分解という大事故があり、野口飛行士の搭乗は2年延期されることに。
2005年、ようやく世界で初めて宇宙空間でラーメンが食べられたのでした。野口飛行士は地上との交信で、「地上で食べる味が再現されていて、大変おいしかったです」とその感想を述べています。
無事に帰還した野口と、95歳になった安藤は、共に夢を実現し合った者同士、がっちりと握手してお互いの成功を称え合った写真が残っています。
┌──────────┤書籍のご紹介├┐
□『転んでもただでは起きるな!』 安藤百福著
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