謙遜について思う | チームビルディング あり方の専門家 倉科直樹の部屋

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人間関係(コミュニケーション)の本質を「チームビルディング」「しつもんZEN 禅」「魔法のスイッチ」などを通して語ります。
極意「いてくれてありがとう(存在承認・心理的安全性)」をチームビルディング協会副理事長「ナオ」が語ります。

先日、ホテルで夜中に足がつりました!

それも、右足の足先から腿の付け根まで全部(泣)

もう痛いなんてもんじゃない。悶絶・・・

僅か十数分の出来事でしたが、随分と長い時間のように感じました。

足を伸ばしても、曲げても痛みが増すだけ。
うつ伏せになっても、仰向けになっても、横を向いても、体を丸めても・・・
どんな大勢をとっても痛みがひきませんでした。

呼吸もしんどくなっていきました。

移動しなきゃ・・・
ベッドから壁や机を伝い、這うように移動。

トイレに座り込み、体をねじり体を横たえ
ようやく少し痛みが和らぐ姿勢をみつけたのです。

痛みの中で、色んな事を考えていました。

流石に足の痛みでしたから、このまま死んでしまうことは無いだろうと。

でも、もしかしたら歩く機能が損なわれていく過程かもしれない。

そんな事を感じていました。

膝が痛い痛いという母の気持ちを感じてました。
最近歩けなくなったと、辛そうに告白する義父の事を思い出しました。


壁をつたい、机に覆いかぶさるように移動していた自分。

その時、普通に歩けることは何と素晴らしいことなのだろうと感じました。

いや、普通に立つことすら、奇跡なのではないだろうか?

そう感じていたのです。


今回の激痛体験を忘れないでいたい。きっと何かの気付きにつながるはず。

そう感じていました。


昨日の事。

セミナーに参加して下さった方に、自信を得る為の体験をして頂いた時にたまたま
“謙遜”という言葉を使ったのです。

何だか心に引っかかりがあり、その言葉について考えていました。

謙遜は自信が無いことの裏返しではなく、自分に自信があって初めて成り立つもの。
(自分自身を認めていない状態で謙遜しても意味が無い)

自分に自信があるというのは、
何かに秀でていることを拠り所とするものではない。

普通と思われる全てのことを、当たり前と感じるように出来ていることは実は奇跡。

その奇跡の連続を自分が生み出して、表現している素晴らしい存在であることを認めてあげること。

見て、聞いて、嗅ぐ。味わい、触れること。
自分の力で立ち上がること、歩けること、そして心が動くこと。

一つ一つの行動ができることは、何も生み出さずともそれだけで十分素晴らしい価値を持つということ。

その事を理解し、自分を褒める。
自分を認め続ける。

純粋な素の自分を全ての面において受け入れる勇気を持ち、
己の力量をしっかりと理解する目をもとうとする心構えを整える。

その中で謙遜ができる人になりたいと感じています。

大切な気付きを、激痛体験から得ることができました。


今日もあなたにとって素晴らしい1日になります♪