こんにちは。アクティブイングリッシュの咲子です。
ブログは毎日書かないと、意味がない(?)みたいですが、
あっという間に、前回から1週間。

こうやって年をとっていくのか。。。。




で、

前回の続き。

前回のブログ「学校の英語がこう変わる」
http://ameblo.jp/active-eng

2018年から、全国でじわじわと英語が小学校で必須になり、
中学では「英語の授業を英語で」なんてことになるようです。

文科省のホームページでは、「グローバル化に対応するため」と
書かれていますが、もしも、「グローバル化」が、色々な国の人たちと
意見を交わしたりすることができる、みたいなことを意図しているなら、

「そのためには、まずは英語!」

という、この図式に私は疑問を感じます。

その前にやること、

それは、日本人が最も嫌う


「自分の意見を人前で言う」
「周りが自分をどう思っているか気にしない」
「自分以外の人と、意見が対立しても、悪いことではない」

この辺りがしっくりくるようにすることなんじゃないかと、
思います。


これは、傍若無人にふるまってよい、というのとは違います。

私なりの定義だと、

「色々なことに興味を持って、自分なりの考えを持つ」


ということだと思います。

この、

「興味を持つ」ところがポイントです。

物事に興味がないと、

もっと知ろうとしない(相手のことや世の中のことを)
=>話のネタが増えない
=>会話が続かない


または、

人やものに興味がわかないと、色々な意見を聞いても
「ふーん」としか思わない。
=>それについてどう思いますか?と聞かれると、
意見がないので、「別に。。。」とか、無言とか。


英語圏の国では、この「意見の交換、発言」を活発にするように
教えられているため、自分の意見を持たない人や、ただひたすら
聞き役に回る人は、

何も考えていない

と思われてしまいます。

まさにこれは文化の違いです。
日本の文化は、時として、おとなしいことが美徳のような時もあります。

それはそれで良いのです。

が、

様々な文化の人たちと、対等に渡り合えるようになるのがゴールなら、
自分の意見を持ち、それを自信をもって発言できるようになる、

これが、「英語の授業を増やす」よりも
先にすべきことだと思います。

事実、自分の意見を持たない人は、母国語でも会話が弾まないし、
ひいては外国語の上達が遅いです。


こどもたちが「先生の言うことは絶対」ではなく、
「先生、私は先生の意見と違います」と冷静に発言できるような
環境になってほしいです。