薬の服用から数年後・・・遅発性の副作用の苦しみ | アクティブエイジング アンチエイジング

[薬の服用から数年後…遅発性の副作用の苦しみ]

(読売新聞  2017年10月19日)(心療眼科医・若倉雅登のひとりごと)


私が医学部を卒業して眼科医として歩み始めた昭和50年代、所属先の教室の
大きな研究テーマが、有機リンやカルバメート系農薬の視覚への影響でした。
私も、薬物中毒の動物実験に参加しただけでなく、慢性的に苦しむ患者さんを
診察する機会が他の医師よりも多かったのでした。

そのような経験もあって、医療で使う薬物や、環境中にある化学物質が
人体―特に視覚―にどんな影響があるのか、ずっと関心を持ってきました。


この関心を持ち続けたことが、副腎ステロイドの使用によって網膜の中心部が
はく離する「中心性 漿液性網脈絡膜症」、睡眠導入剤や安定剤として用い
られるベンゾジアゼピン系薬物による「眼瞼けいれん」「眼や視覚の感覚
過敏症( 眩しい、痛い、ぼやけるなど)」などの副作用があることを見つけ
出す素地になったのだろうと思います。


また、1995(平成7)年3月に起きた地下鉄サリンテロ事件に遭遇した
人々が、いつまでも眼や視覚の症状に苦しんでいることについて、さまざまな
可能性を考察する機会もありました。
サリンにはたった1回だけさらされただけなのに、ずっと後になってから
(遅発性に)脳の一部の萎縮が進行したり、視覚や神経の症状が発現したり
するケースがあることがわかりました。


薬物、化学物質の副作用は、さらされてから短期間に出現する急性のもの
ばかりが注目されます。
ところが、眼球や脳といった中枢神経系の仕組みは、長期間にわたり低濃度の
薬物にさらされることで徐々に変化することもあります。
サリン事件のように、突然高濃度の薬物に短時間さらされた後、しばらくして
から症状が出てくる(遅発症状)こともあるのです。

しかし、こうした事実については、医師も製薬会社もかなり反応が鈍いと思い
ます。

そもそも、薬物を開発する時に行う副作用調査は、使用から間もない急性の
症状に限られています。
市販後に行う調査も、流通してから6か月間に限って調査するという原則が
あります。

それゆえ、数年から10年以上もたってから出現してくる、例えばベンゾ
ジアゼピン系薬物による眼瞼けいれんといったものは、調査の対象外です。
診療する医師が「おかしい」と気づくかどうか、その視点に委ねられている
のが現状です。

副作用報告を出そうにも、服薬期間が長すぎて、しばしば使用薬物が変更
されたり、処方する医師が変わります。
患者自身の記憶もあいまいになりやすいため、調査は困難です。
しかも、同時に服用している薬も多く、因果関係がわかりにくいため、結局
報告は出ない(出せない)ことになります。

さらに困るのは、症状が表れてきたころには、薬の特許が切れてジェネリック
(後発医薬品)がたくさん出ている時代になっており、責任の所在が
あいまいになることです。

製薬会社でも監督官庁でも、そのころには、すっかり昔の薬のことは忘れて
しまい、結局副作用はなかったことになってしまうーー。
そんな怖さが潜在的にあるのです。

とくに、薬物の長期投与による人体への影響は、その薬の開発時には想定して
いません。

長期にわたり薬の副作用をモニターして、遅発性の小さな変化でも検出できる
システムを作っておく必要があるのではないでしょうか。
そうしないと、誰も気付かないうちに、人類がいつまでもその薬害を受け
続けるという不幸な事態になりかねません。




(若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)




https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20171018-OYTET50007/?catname=column_wakakura-masato