[女性に多い味覚障害 原因はダイエット、ストレス・・・
高齢者にも増加 亜鉛含む食品で予防・改善]
(日本経済新聞 2013年11月14日)
「食欲の秋」を満喫できる季節だが、最近では味覚に異変を訴える人が
目立つ。
「味がしない」「何を食べても同じ味がする」。
特に女性や高齢者に多く、治療が必要な「味覚障害」の症状が進んでいる
患者も少なくない。
急激なダイエットや精神的なストレスなど原因は様々だ。
子供に食べ物の味の大切さを教える「味覚教育」も学校現場に広がってきた。
「何を食べても苦い味しかしなくなった」
大阪府豊中市の女性(51)は、振り返った。
味覚の異変を感じたのは3年前、4カ月に及んだダイエットで、約30キロの
減量に成功した直後だった。
女性は兵庫医科大病院の耳鼻咽喉科・味覚外来を受診。
「甘い」「酸っぱい」などの味がする液体を染み込ませた紙を舌にのせる
検査や心理テストなどを受けた結果、「味覚障害」と診断された。
急激なダイエットで食事が偏り、味覚の働きを助ける亜鉛が不足している
ことが判明。
亜鉛が含まれる薬の服用などの治療を続けた結果、約4カ月で治った。
<生活習慣も影響>
兵庫県尼崎市に住む女性(50)は今年4月、作ったシチューの味がしなく
なったことで症状に気づいた。
父(87)の介護に追われ、精神的、身体的な疲れが原因だった。
大阪市の女性(40)の場合、飲食店の深夜勤務の結果、睡眠時間が1日3時間
にまで減少。
みそ汁の味などが薄く感じるようになった。
2人は同病院で亜鉛の薬を服用しながら、生活習慣を改善することで回復
した。
同病院の味覚外来には年間150~200人程度の患者が訪れる。
その多くが女性。
同院の任智美医師(36)は「最近は仕事や家庭でのストレスが原因となる
ケースが増えている」と話す。
日本大学板橋病院(東京・板橋)でも味覚外来を受診した患者408人のうち、
男性180人に対し、女性は228人に上った。
日本口腔・咽頭科学会(東京)の池田稔理事は「料理を作るなど自身の味覚を
意識する機会が女性の方が男性より多いことが一因」と分析する。
厚生労働省によると、味が感じにくい「味覚減退」のほか、口の中に何もない
のに特定の味がする「自発性異常味覚」、全く味がしない「無味症」などが
味覚障害の主な症状だ。
原因は、味覚の働きを支える亜鉛の欠乏や、亜鉛の吸収を抑える薬の服用、
病気の症状によるものなどが挙げられる。
症状に応じて亜鉛を含んだ薬の投与や、特定薬剤の服用中止という治療が
一般的だ。
1日に日本人に平均的に必要とされる亜鉛量は、例えば30~49歳では女性
8ミリグラム、男性10ミリグラム。
2011年の厚労省の調査では、30代の女性は平均6.9ミリグラム、男性は同
8.8ミリグラムでいずれも必要量を満たしていない。
池田理事は「日本食は総じて亜鉛の含有量が低いことが影響している」と
分析。
亜鉛を多く含んだ食品の摂取が味覚障害に陥るのを防ぐという。
<20歳までに訓練>
子供の段階から味覚を磨こうと、「味覚教育」に力を入れるNPO法人もある。
「薬の副作用や偏った食事を繰り返し、味が分からなくなる人もいます」。
10月下旬、埼玉県春日部市の内牧小学校の家庭科教室。
NPO法人「食育研究会Mogu Mogu」の代表、松成容子さんが4年生の児童
約35人に語りかけた。
児童5~6人が「塩」「酢」「チョコレート」「砂糖」「昆布と煮干し」が
それぞれ入った透明のカップが置かれたテーブルを囲む。
味覚の基本となる塩味、酸味、苦味、甘味、うま味の5つを体験。
口に含んでは「酸っぱい」「苦い」などと感想を言い合う。
女児(10)は「味覚のアンテナを鍛えていろいろな味が分かるようになり
たい」ときっぱり。
横川一美教諭は「塾や習い事で忙しく、味わって食べる機会が減っている。
味覚が育つ時期に学ぶことに意義がある」と強調する。
同法人は2011年度から「味覚教育」をスタート。
内牧小を含め小学校8校で実施、昨年度は約700人が受講した。
松成さんは「20歳まで舌はどんどん発達する。いろんな食材をしっかりと
味わうことで舌を訓練することが大切」と訴える。
同学会の池田理事は、味覚を「磨くことのできる感覚器」と説明。
「偏食のもととなる好き嫌いをなくすためには、子供のうちから味覚を鍛える
ことが有効」と話している。
<高齢化で患者増加見通し 加齢・服薬も要因に>
味覚障害が女性だけではなく、高齢者にも多くなるのは、加齢による味覚
低下を招くからだ。
日本口腔・咽頭科学会によると、舌の上などにある味覚を感じる味蕾という
組織で、味を認識する。
この味蕾が加齢とともに減少することが高齢者の味覚の低下の原因となると
いう。
高血圧や糖尿病などの高齢化で発症しやすい全身疾患による症状の一環や、
薬の服用による副作用もある。
同学会によると、日本大学板橋病院の味覚外来を1年間に訪れた408人の
全患者のうち、65歳以上の高齢者は174人で全体の43%を占め、年を重ねる
ほど、味覚障害に陥る可能性は高まっている。
同学会が実施した調査によると、耳鼻咽喉科を受診した味覚障害の患者数は、
2003年は年間約24万人と推定。
高齢者人口が増えていることを背景に、「現在も症状を訴える人は増加して
いることが推測できる」(同学会)。
高齢化に伴い、お年寄りの増加は避けられず、厚生労働省は2011年3月、
薬の副作用による味覚障害のマニュアルを作成した。
発症後、原因である薬の服用中止が症状の改善につながるため、早期発見の
意識を高めてもらう。
厚労省は「『味を感じにくい』などの症状に気づいた場合、早めに医師や
薬剤師に相談を」と呼びかけている。
(塩崎健太郎、村上徒紀郎)
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO62544790T11C13A1NNSP01/