昨日(12/3)の東京シンフォニエッタ(以下TS)、ご来場頂きました皆様、ありがとうございます。

まず全体として、いつものTSのコンサートにおけるシャープな質感ではなく、ウェットな表情を引き出した内容となっていたことが印象的でしたね。
とくに《系図》は岩城宏之編曲アンサンブル金沢版(2管編成版)の東京初演であり、恐らく小ホールでの公演は初なのではないかと思いますが、この作品のインティメイトな世界観は、このような空間でこそ味わえるものと思いました。
小編成版とはいえTSとしては過去最大の編成、コロナ対応ということもあり東京文化小ホール初の張り出し舞台が設置されました。写真は終演後のフォトセッションのときのものです。

これだけでも必見、稀有な舞台でしたが、この版は大田智美さんのアコーディオン(N響の動画あるので見て下さい、最高ですよ!)が全部聴こえ、楽器法の繊細さが際立つことで心情の機微を浮き彫りにします。
この↑リンクでご紹介した没後20年時のN響の演奏における、当時15歳の山口まゆさんの語りは、私の中でベスト《系図》として高いハードルとなっていました。今回の林愛実さんによる語りは、フルート奏者として培われた耳から、武満が響きに託した表情を体感した中でなければ具現し得ないリアリゼーションで、谷川俊太郎の美しく優しい、しかし時に直截なことばの鋭さをとらえた独特な(しかしそれは武満が意図した音楽像と完全一致しています)ものでした。作曲者指定の10代ではないにせよ、純白のドレスに身を包んだ彼女にとっての語りによる初舞台は、ある意味での処女性を立ち昇らせることで作品像にも合致。本番は特に、後述するマエストロの想いも受け取られたのか神がかった語りとなり、生誕90年に相応しい《系図》になったと思います。(なお、ゲネから聴いていた身としては、音響の有馬純寿さんによる微調整が、かなり絶妙であったことを申し添えます。ゲネでは埋もれてしまった箇所、不明瞭になった箇所等、全て本番では解消されていました。さすが!)
そしてこの演奏における立役者は何といってもマエストロでしょう。終演後のトークで涙ぐみながら、今年相次いでご両親を亡くされたこと、そしてその中で取り組む《系図》は、音楽家である前に一人の人間であることから、その想いが込められたことを告白なさった板倉康明さん。(最近お父様を亡くされたばかりであることも存じていた私としては、「おとうさん、ずうっといきていて」のくだりでこみ上げるものを背中から感じずにはいられませんでした。演奏者にもお父様のことは伝えずに本番に臨まれ、トークで初めておっしゃったのです。)
元来、冷徹で鋭敏な耳による統率といった印象の強いマエストロが、抑制しつつ私情をタクトに乗せきった演奏は、演奏としても、恐らくTSの他の演目では聴くことのできないナイーヴな世界に満ちておりました。まさに音楽は一期一会、このとき、この瞬間でしか聴き得ない表現だったと思います。
 

NHK-FMによる収録がありましたので、録音をお聴き頂く機会があると思います。
聴き逃された皆様、上記のような感覚が録音でどこまで伝わるかはわかりませんが、ぜひお聴き頂ければと思います。

 



・・・と、ここまで《系図》について語ってしまいましたが、ここからが本題。

 

見事な初演をして下さいました委嘱新作《And then I knew 'twas Toccata II 》ですが、作品の概要はこちらの投稿に記載してあります。

(最初、トラブルで仕切り直しがありました。いつもの私の作品ならあり得るので「あれも作品のうち?」と、何名かにきかれましたが、あれは単なる仕切り直しです。念の為。。。)

 

事前投稿ではネタバレになるので書かなかったこととして、セクションごとに鳴る武満作品の響きがどの曲なのかについて、詳細を明かしておこうと思います。

なお、それぞれワンコードずつしか鳴りませんので、これは作品の引用にはあたらないです。(もしもコードひとつで引用認定となれば、この世のほとんどの作品は全部引用になってしまいますので・・・。)

 

まず冒頭、ヴィブラフォンによるGの音で、超高速で次のリズム定型が弾かれますが、これはまだほとんどトレモロに聞こえる状態です。

 

 

本作では、このリズム定型が終始一貫、演奏され続けます。そのほとんどがヴィブラフォンによって、少しだけピアノが担当し、一箇所のみグロッケンが担当します。


上記リズム定型とは別に、これを18倍に拡大した線的構造が同時進行します。それが終わると再びヴィブラフォンのソロとなって少し減速し、今度は12倍に拡大した線的構造が同時進行。以下同様に、8倍、6倍、4倍、3倍、2倍と、徐々に線的構造の拡大率が下がっていくことで、リズム定型と同化していき、最終的には全員が上記のリズム定型による一つの旋律をユニゾンで奏でるに至ります。

 

このリズム定型のヴィブラフォン等による1巡につき1つのコードが充てがわれておりますが、1949年から毎年1曲ずつ選んでおります。その一覧が次のようになります。

 

☆冒頭部分

1949年《ロマンス》*デビュー前の作品なのでイントロ部分に鳴ります
 

☆18倍音価のリズム定型による線的構造部分

*徐々に響きが厳しいものになっていく過程の中に「うた」が時折入ることで一瞬、協和音が鳴ります
1950年《2つのレント》
1951年《妖精の距離》 
1952年《遮られない休息 第1曲》
(1953年は作品無しにつき割愛)
1954年《さようなら》
1955年《室内協奏曲》 
1956年《映画「狂った果実」のための音楽より》
1957年《弦楽のためのレクイエム》
1958年《ソン・カリグラフィ1》 
1959年《遮られない休息 第3曲》
1960年《ランドスケープ》
1961年《ピアノ・ディスタンス》
1962年《小さな空》
1963年《アーク第1部》*クラスターが登場します
1964年《テクスチュアズ》
1965年《死んだ男の残したものは》
1966年《地平線のドーリア》
1967年《ノヴェンバー・ステップス》
1968年《アステリズム》*いわゆる「アステリズムのクレッシェンド」が聞かれます

 

☆12倍音価のリズム定型による線的構造部分

*徐々に響きが柔和になり「武満トーン」が確立されていく過程
1969年《ヴァレリア》
1970年《ユーカリプス》
1971年《スタンザ II 》
1972年《ディスタンス》
1973年《フォー・アウェイ》  
1974年《ガーデンレイン》
1975年《カトレーン》
1976年《ウェイヴス》
1977年《鳥は星型の庭に降りる》
1978年《ウォーター・ウェイズ》
1979年《閉じた眼 I 》
1980年《遠い呼び声の彼方へ!》*最後にC major に到達することで知られる作品です

☆8倍音価のリズム定型による線的構造部分
1981年《海へ》
1982年《雨ぞふる》
1982年《雨の呪文》*この2曲は同年ですが同じコンサートの演目なので両方入れました
1983年《揺れる鏡の夜明け》 
1984年《オリオンとプレアデス》
1985年《夢窓》
1986年《アントゥル・タン》
1987年《ノスタルジア》
 

☆6倍音価のリズム定型による線的構造部分
1988年《トゥイル・バイ・トワイライト》
1989年《リタニ》*1950《2つのレント》と敢えて同じ響きを使っています
1990年《ヴィジョンズ》*1979《閉じた眼 I 》と敢えて同じ響きを使っています
1991年《夢の引用》*ドビュッシーの引用箇所を(PDなので)そのまま借用しています
1992年《そして、それが風であることを知った》
1993年《群島S.》
 

☆4倍音価のリズム定型による線的構造部分

*絶筆の《ミロの彫刻のように》の後に、作曲年は前後しますが、同じコンサートの演目である《系図》の各曲を並べました
1994年《鳥が道に降りてきた》
1995年《ミロの彫刻のように》
1992年《系図》1「むかしむかし」
1992年《系図》2「おじいちゃん」
 

☆3倍音価のリズム定型による線的構造部分
1992年《系図》3「おばあちゃん」
1992年《系図》4「おとうさん」
1992年《系図》5「おかあさん」
 

☆リズム定型は旋律を成し、それを2倍に拡大したものと同期
1992年《系図》6「とおく」*1980に続き再び C major に到達します

この後、このかたちを繰り返す中、全員が同じ旋律に至ります。

 

ここまで減速してくることで高速変拍子のリズムが徐々に緩やかな変拍子となり、「うた」のユニゾンに至りますが、それが再び加速して、ヴィブラフォンを除く全奏者が徐々にバードコールに持ち替えていって、鳥に満たされていきます。
そしてリズム定型は更に加速して冒頭、G音のトレモロに還っていきます。

 

なお、《ミロの彫刻のように》は冒頭部分のスケッチのみしか遺っていませんが、それに基づいて響きを抽出しいました。実際に鳴らしたのはこの機会が初なのではないでしょうか?

1994年の《鳥が道に降りてきた》に続くその絶筆作品から、《系図》各部を経て、鳥に満たされるという流れです。

 

《鳥が道に降りてきた》は1977年の管弦楽曲《鳥は星型の庭に降りる》と冒頭部分が同じで、それをヴィオラとピアノに編曲した作品となっていますが、《鳥は星型の庭に降りる》は、デュシャンの頭部が星型に剃っているのを見てそれに影響されてみた夢がインスピレーションの元になっています。


一生を辿ったあとに、武満の魂が降りてきて、そして再び還っていくような「夢」を思いながら書きました。

 

さて、このように「ネタバレ」致しましたので、上記作品群、ぜひ聴き直してみて下さい。

当夜、NHK-FMの収録がありましたので、放送をお聴きになる前に、全作品を把握してお聴きになると、また違った聴こえ方をすると思います。