2020年9月17日の「川島素晴 works vol.4 by 木ノ脇道元」の、前半部分の曲目解説です。

 

まずは、木ノ脇道元さんによって今回「作曲」された「Exhibition 2020」について。

「Exhibition」は、一つの持続的なモメントだけで音楽作品と称する、私自身が1991年、大学入学の少し前より実践するアイデアで、8月1日のリサイタルでも「無音」の作品を発表したばかりなのですが、今回は、木ノ脇さんにこのアイデアによって作る提案を致しました。

 

「No More!」

「春の祭典(一撃の予感)」

「さびしさにやどたちいでて」

「テルミン」

「冬虫夏草」

と題された全5作品が、プログラムの随所に配置されます。

 

以下、木ノ脇さんによって書かれた解説です。

 


 

◇木ノ脇道元/「Exibition 2020」

 

「Exhibition」は「音の連接、推移を伴わない持続音によるモメントを作る」と云う大まかなルールで作られる一連のシリーズ作品。

 

川島くんの音楽観をある意味端的に表現するはずのこのアイデアで、今回は木ノ脇が制作せよ、と云うのが川島くんが投げてきた課題だった。

 

これは2重の「異化」と言えるかもしれない。

川島くんが考えそうなものと微妙にズレたものが出来たら面白いんだけど。

 

と云うわけで、これに関してはくだくだしい解説はやめておきましょう。

 

クイズを一つだけ。

 

四季が隠されてる形にしました。

「秋」はどこに?

 

 

(9月19日追記)

木ノ脇さんによる、クイズの答えをペーストしておきます。

木ノ脇道元によるFacebookの投稿

 

「四季が隠されてる形にしました。」と言うクイズを出しました。

 

3つはもちろん「春の祭典」「冬虫夏草」

 

では「秋」はどこに?

 

百人一首の良暹法師の句「さびしさにやどたちいでてながむれば」には「いずくも同じ秋のゆふぐれ」と言う下の句が続きます。

 

なので答えは「さびしさにやどたちいでて」

 

このシーンは豊洲シビックホールのステージ奥の幕をあげてプレーヤーたちが物思いにふける、と同時にお客さんにも短い時間、外の夜景を拝んでもらおう、と言う季節柄ぴったりのものになりました。

 

 

川島自身の作品と異なり、映画通の彼ならではの内容(冒頭のものはまさに映画館そのもの)となりました。

つまり、どちらかというと映像的、写真的アプローチが見られるあたり、私自身の「Exhibition」とは異なる方向性で仕上がっていると思います。予想通り、他人に発注することによる差異が興味深く発現する結果となりました。

 

以下、本編、川島作品の解説(前半)です。

 


 

◆川島素晴/Brain Flute Cycle (1991-96/サイクルとしての初演)
 

大学に入学した1991年の頃は、人間の脳における様々な現象、気質の発現などに関心があった。それぞれ異なるシチュエイションで作曲された3曲にはそれぞれ「躁状態」「睡眠時の脳波」「多重人格」といった主題があるが、これらに共通するテーマとして、人間の脳の現象があり、且つ、フルートソロにはじまりデュオ、カルテットと進みつつもフルートがソロに据えられているという点でも一貫したサイクルになり得ると考えた。そこで1996年に、これらを一貫したサイクルとして上演する構想をたて、合冊した譜面なども作成していた。

これら3曲は、1996年に開催された「Dogen Features 川島素晴」で上演された3曲でもある。サイクルの構想はそれより半年以上前にあったのだが、あまりにも大変な上演となることが想定されたため、実際にそれを提案する勇気はなかった。従って1996年にはバラバラに上演されている。
今回、そのときと同じ演目を同じように演奏するだけでは単なる再現になってしまうので、困難を承知で連続演奏に挑戦して頂くこととした。
《夢の構造 IIb》等、1996年当時は長大な譜面をたくさんの譜面台に並べて横移動しながら上演していたのだが、今回はタブレット端末の使用等も盛り込み、フルーティストが一箇所の立ち位置で演奏可能となったという、物理的な条件が整ったことも大きい。

 

いずれにせよ、木ノ脇道元にとっては、30分に及ぶ超絶技巧の長丁場、超人的な取り組みへの挑戦となる。

 

・Manic Psychosis I (1991-92) [Fl] 
 

最初から最後まで、全く音が途切れることなく常に無窮動が展開する。ブレスが必要なフルートでそれを遂行するに際し、キーノイズとの移行、吸気時の発声などを駆使する。潜在的音型が顕在化すると、過呼吸的状況に至り、意識が遠のく。

 

1992年、秋吉台国際作曲賞を受賞し、1994年にダルムシュタット国際夏季現代音楽講習会で奨学生賞を受賞(このとき、初演者カリン・レヴァインによっても秋吉台の枠で演奏されたが、木ノ脇道元も受講生コンサートで演奏し、一緒に奨学生賞を受賞した)、1996年のISCMコペンハーゲン大会に入選、ベーレンライターから出版されるといった、大学1年生の作品にして出世作となった。

初演者、カリン・レヴァインによるCD音源(YouTube) (→アマゾン/CD購入) (→アマゾン/単品音源)に加え、
木ノ脇道元による録音も「川島素晴作品集」CDとしてリリースされている。
また、最近、Irumgard Messin によるCDを見つけた。
これらに加え、フルートの演奏コンクールの課題曲にも複数回選曲されており、今日に至るまで世界各地で様々なフルーティストにより無数に上演されている。

 

*Hans Balmer による演奏動画

 

なお、木ノ脇道元は《Manic Psychosis I 》を10月16日にトーキョーコンサーツラボに於ける無伴奏リサイタルにて再び演奏する。

 

そして、それに向けて本作に関しての論評も執筆しているので、是非お読み頂きたい。

 

木ノ脇道元による《Manic Psychosis I 》評

 

 

・夢の構造IIb (1994) [Fl(+Bs,Pi), Trb] 

 

1992年に参加したダルムシュタット国際現代音楽夏季講習会でファーニホウの洗礼を受け、その影響を色濃く反映させた極めて複雑な記譜によって書かれている。
実は《夢の構造 I》という作品を秋吉台での受賞のご褒美として発表する機会をもらって1993年にクラリネットとチェロのデュオとして書きかけていたが、当時の自分のキャパシティを超えた構想により完成に至っていない。
翌年、1994年の4月27日、フルート、トロンボーン、打楽器2名による《夢の構造 IIa》を、大学同期の演奏家グループ「曙」に委嘱され発表(フルート:斎藤和志、トロンボーン:奥村晃、打楽器:神田佳子・長谷川友紀)。
同年8月28日、「秋吉台国際作曲セミナー&フェスティバル」にてピエーヴ・イヴ=アルトーとアラン・トゥルーデルという二人のヴィルトゥオーゾのために書く機会を得て、《夢の構造 IIa》のうちの打楽器パートが担当していた構造をも全てフルートとトロンボーンに担わせることで、かなり複雑な内容となったのが本作《夢の構造 IIb》である。

 

睡眠時の脳波の状態の推移が、楽曲全体の時間構造に反映している。入眠後すぐ、Non-REM睡眠期は、いわゆる無意識のような状態となるので、ここでの音楽は中心音を経めぐる曖昧な音像で展開、二楽器間の干渉も無い状態で進行する。その後REM期に至ると、いわゆる「夢見」の状態となる。夢の二重構造(深層の描く夢とそれを体験する自我)に擬え、2楽器は対立しつつ呼応し合う。ディティールが明瞭でありながらディスクールが曖昧であるという夢見の性格から、ここでの音楽は、リズム感が明確になり、一つの指向性の中で次々と様々な楽想がめまぐるしく展開していく。
この振幅を3回経ていく中で、徐々に中心音を上げ(DREAMの綴りに由来して D-rE-A-Mi =レ-ミ-ラ-ミ となっている。最後のミはトロンボーンの最高音で、最終到達音である)、フルートはバス/フルート/ピッコロと楽器を持ち替えていき、トロンボーンは徐々に音域の範囲を上げていく。(冒頭はほとんどペダルトーンばかりであり、音響的にも入眠時の音を想起するだろう。)

最後は再び眠りに落ちる。

 

1994年の秋吉台国際作曲セミナーにてピエーヴ・イヴ=アルトーとアラン・トゥルーデルにより初演、1996年に「Dogen Features 川島素晴」にて木ノ脇道元と池上亘により東京初演。それ以来の上演となる。
 

以下、自筆スコア全28ページから5ページほど抜粋して掲出する。

非常に複雑な記譜を演奏上のパラメーター分解によって探求した結果、演奏行為に着目することになった。この経験を踏まえることで、次の《夢の構造 III》(1994)で「演じる音楽」に至ることができたのだろう。

 

<スコア第3ページ(Non REM-1 より)>

 

<スコア第8ページ(REM-1からNon REM-2への変わり目)>

 

<スコア第11ページ(Non REM-2 より)>

 

<スコア第17ページ(REM-2 から Non REM-3 への変わり目)>

 

<スコア第21ページ(REM-3に到達する直前)>

 

 

・ポリプロソポス I (1995) [Fl(+Bs,Pi), Cl, Mar, Pr-Pf]


1994年の終わり、《夢の構造 III》というヴァイオリン独奏作品をもって、明確に「演じる音楽」という、私自身が今日まで継続して提唱している作曲上の思考をはじめた。そこでのアイデアは、演奏行為を様々な要素に分解して、それぞれ伝統的なものから全く非伝統的なものまでの座標上で定義し、それらの緊張と弛緩を共有体験化することで(調性音楽のそれと同じような体験として)音楽を体験していく、というものだった。

 

本作では、それをさらに、3つの構造視点を前提として再定義している。

A)ピッコロを持つとき、音高のみの構造となり、一連のパッセージと完全シンクロする縦の響きの変化のみで構成される。

B)フルートを持つとき、様々な特殊奏法を用いた様々な音色が提示され、それがシンプルなリズム構造によって他の楽器と音色的ネットワークをポリフォニックに形成する。

C)バスフルートを持つとき、前記「演じる音楽」の視点で様々な演奏行為を展開する。その行為を、各楽器は各自の楽器の構造によって再解釈することで、ヘテロフォニックな関係を結ぶ。

 

これらが交替していき、徐々に切迫、撹拌されることで、全ての構造視点が融合した状態となる。この最後の部分では、フルーティスとは、片手にピッコロ、片手にフルートの頭部管を持ち、合間にバスフルートのキーを叩きつつ、声や足踏みを行う。

 

1995年、木ノ脇道元と大井浩明による「Duo Dogen」の委嘱で、彼らと、今回のメンバーである菊地秀夫、神田佳子により初演。
1996年のダルムシュタット国際現代音楽夏季講習会にて、クリスティーナ・ボットと川島素晴、菊地、神田でドイツ初演され、このときクラーニヒシュタイン音楽賞を受賞。本賞作曲部門史上唯一の日本人による受賞である。(ちなみにこの年の作曲部門の受賞者には、イザベル・ムンドリー、マーク・アンドレらがいた。また、フルートのマリオ・カロリ、リコーダーの鈴木俊哉、打楽器の加藤訓子らも同時に受賞した。)→歴代受賞者pdf

同年の「Dogen Features 川島素晴」では木ノ脇、菊地、神田と、平野弦のピアノで再演。
1997年の秋吉台国際作曲セミナー&フェスティバルでカリン・レヴァインと菊地、神田、川島で演奏。
その後、今日に至るまで下記のように4回、異なる演奏者で演奏されてきた。

 

2005年「アンサンブル・ボワ」(フルート:多久潤一朗、クラリネット:中ヒデヒト、マリンバ:渡邉理恵、ピアノ:川島素晴)による演奏動画

 

2008年「coto-present 壱」fl:江戸聖一郎 cl:中井絵理 mar:安田直己 pf:中村圭介

2013年「インターナショナル・アンサンブル・モデルン&トーキョーワンダーサイト アカデミー」内の受講生発表会

2014年「武生国際音楽祭」fl:上野由恵 cl:上田希 mar:葛西友子 pf:大宅さおり

今回は比較的上演歴の多いメンバーによる久々の再演だが、実はこの4名での上演は初となる。
 

 

◆川島素晴/視覚リズム法II (1996/99) [Alto Fl, Performer]

 

1994年に発表した《視覚リズム法 I a》は、テーブルのみを用いたパフォーマンス作品である。そこで展開してみせた、リズム構造を通じて体感する「視覚と聴覚の齟齬」という実践を、アルトフルートの独奏で実行したもの。

本作の詳述はいわゆる「ネタバレ」になるので、一つだけ述べておくと、アルトフルートのソロといえば、ストラヴィンスキーの《春の祭典》が最も有名であり、その旋律構造を下敷きにしたものが様々に異化される部分を持つ。

 

1996年の「Dogen Features 川島素晴」でほぼ完成していたが、間際になったため上演を見送り、1999年7月1日の<東京の夏>における「木ノ脇道元フルートパフォーマンス」にて改訂、初演された。

この年、木ノ脇道元は、11月18日の王子ホールにおけるリサイタル、11月24日のフェニックスホールにおけるリサイタルと、立て続けにこれを上演した。

 

その後1度、紀尾井ホールで行われていた日本の創作を回顧するコンサートシリーズ「日本の作曲・21世紀への歩み」の2007年2月28日、第37回「室内楽の諸相V~1990年代」にて木ノ脇により再演されているが、今回は13年ぶり5回目の上演となる。

 


 

◆川島素晴/Manic Psychosis III (2003) [Picc, Cl, Bsn, Trp]

 

本日冒頭に上演した《Manic Psychosis I 》(1991)では恒久的無窮動が継続したが、その後1996年の「Dogen Features 川島素晴」に際して書き下ろしたピッコロソロによる《Manic Psychosis II》では、様々な特徴的な音型に分解され、それぞれの特徴に応じた速度感が立ち現れる。

そのような方向のものをアンサンブル作品で実行したのが、本作である。ここではテンポは一定に保たれるが、音型ごとに音価の細かさが変化する。ピッコロ、ピッコロトランペット、クラリネット、ファゴットという管楽器4人が、まずはそれぞれの得意な音型を5種類ずつ提示。続いてそれが2巡、3巡していくうちに、いつものように切迫するだけでなく、ここでは人数も増えていく。つまり、他のパートの音型にもシンクロして参画しなければならない。とりわけピッコロトランペットは不利な立場で、まるでフルートの譜面のような超絶な内容となっている。

 

2003年、大学受験前にお世話になっていた金子晋一先生の門下による作品展に際して発表。その後2005年の「Ensmeble Contemporary α」の公演でも再演した。いずれも、アンサンブルメンバーの木ノ脇道元、曽我部清典、遠藤文江、塚原里江により演奏された。今回はそれ以来15年ぶりの上演となる。
(瞠目すべきは曽我部清典で、この超難曲且つ超ハイトーンの譜面を、初演時よりも衰えるどころか更に命中率を上げてきている。恐るべき68歳!)

 

 


 

2020年9月17日「川島素晴 works vol.4 by 木ノ脇道元」の内容一覧

 

「川島素晴 works vol.4 by 木ノ脇道元」曲目解説(後半)

 

木ノ脇道元による川島素晴評

 

川島素晴による木ノ脇道元評