道化工房準備室 -33ページ目

道化工房準備室

玩具とか漫画とか映画とか…

道化工房準備室
マテルの12インチフィギュア「マックス・スティール」の
相棒ロボット「CYTRO(サイトロ)」の商品バリエーションの一つ、
「スパイ・アタック・サイトロ」である。

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首がギミックのボタンになっていて、
押すと肩を開いてミサイルランチャーが現れ、
背中の翼が開く。
胸のパーツが蓄光塗料でペイントされていて、
肩のギミックで遊ぶと塗りが削れてしまう。
まあ、でも玩具だからなぁw

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両腕の緑色のカナードがまたギミックボタンになっていて、
右腕から刃物が飛び出し、左腕はミサイルを発射する。

わりとよく動き、ギミックも楽しい商品である。
あんまりロボ好きではないのだが、
(しかも良い者だし)
なかなかの玩具である。

オープニングや劇中でこのスタイルになるのね。
良く出来たプロモーションアニメであるw






なんだろう、話題性だけで
スマホと連動してますという
商品が多くて、食傷気味w

過剰な装飾が多く感じたのは
年齢のせいかw


これには笑ったw
「妊婦リカちゃん」以来の衝撃であるw



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アイデンティティー コレクターズ・エディション [DVD]

2003年に公開されたサスペンススリラー「アイデンティティー」である。
J・カーペンター監督の「ザ・ウォード」のレビューをネットで見ていると、
よく似た作品だということでレンタルでみてみた。
「ザ・ウォード」を先に見ているせいで、初っ端から落ちの伏線が張られているのが
読めてしまって、初見の印象で書けないのだが、まあまあ面白い。
ただ、カーペンターがこっちの脚本を監督していたらより面白かったのではないだろうか。

豪雨で移動できなくなった11人がモーテルに集まり、
そこで一人一人殺されていく。
犯人はだれなのか?11人が集まったのは単なる偶然なのか?
11人に殺されなければならない理由があるのか?
上手くすれば「遊星からの物体X」のように、
他者に対する不信感とか疑惑の念とか
オチに向けて盛り上げていけたのになあ。

ただ、若干脚本に無理があって、
11人それぞれの役割が上手く描ききれていない。
だから2回目から印象が変わる映画ではなく、
ここで伏線が張られてるのねと監督のギミックに目がいき、
11人それぞれがなぜそのような行動をするのかが曖昧で、
ちょっともったいない。

もし「ザ・ウォード」を見た先入観がなければ
ラストのオチにも「ほぅー」となったかも。
ストーリーテリングという意味で、他の作品を見て
J・カーペンターの才能を再認識するのである。





<ネタバレ>
だって最初に「子供が保護された」って出て来るんだもん。
当然キーワードではあるわなw
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1970年代末にアメリカで制作されたSF-TVシリーズ
「宇宙空母ギャラクティカ」に登場する悪者サイロン兵である。
「センチュリオン」という名称が与えられている。

スターウォーズに参加していたジョン・ダイクストラが担当した特撮は素晴らしく、
ただテレビシリーズの予算の少なさはいかんともしがたく、
バンク素材として何度も使いまわされるのである。
日本ではパイロット版とスペシャル版が劇場公開された。
テレビシリーズもたしかワンシーズンだけ放送されたと思う。
つい最近、リメイクのテレビシリーズが放映されたらしいが、
原理主義者の僕は見ていないw

閑話休題、写真のものは10年近く前に発売された
12インチのアクションフィギュアである。
金・銀二色ある。
さらにスカートのようなパーツが付いたものがあったり、
商品的にはいろいろバリエーションがある。
出来そのものはまあまあという感じで、
オークションで安く手に入れた。
定価で買っていたら暴れているようなクオリティである。

デザイン的にはスターウォーズのストームトルーパーより
こっちのほうが好きである。
戦闘機の「サイロンレーダー」も好きだったりする。




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Number PLUS Sports Graphic「拳の記憶」

NHKスペシャル「奪還~ジョージ・フォアマン45歳の挑戦~」である。
1995年に放送された沢木耕太郎構成・脚本、小林薫ナレーションの
スポーツドキュメンタリーの傑作である。
残念ながら現在このドキュメンタリーを見ることは出来ない。
半年ほど前Youtubeに上がっていたのだが、今は削除されている。
昨年、ボクシングを特集したナンバーの別冊「拳の記憶」発売され、
巻末に放送台本をベースに加筆載録されている。
コレだけのためにこの本を買ったようなものである。

本放送では見ていない。
再々放送ぐらいのものを大阪へ帰省中に見た。
おそらく、正しい順序で見たのだろう。
先日紹介した「モハメド・アリ かけがえのない日々」を見た直後だった。

「アリは私の王座を奪っただけでなく、自我までも粉々にしたのだ」
アリに敗れたフォアマンはリングを離れ伝道師となり、
自らの体験を交えて人々の悲しみや苦しみを支えるようになる。
粉々になった自我を取り戻すため信仰に頼るように。

10年のブランクの後、教会の施設建造の資金のためリングに復帰する。
すでに38歳だったらしいが、興行師にとっては誰もが知っているビッグネームである。
「アリに敗れた元チャンピオン」
だが1992年、チャンスがめぐってくる。ヘビー級のタイトルマッチ。
相手はイベンダー・ホリフィールド。フルラウンドの末判定負けを喫する。
おそらくはこのときに粉々になった最後の欠片をみつけたのではないか。
二年後の1994年、再びチャンスがやってくる。
相手はホリフィールドを破った若きチャンピオン、マイケル・モーラー。
キンシャサから20年である。

「これは初めてのことだが、自分のためだけに戦う」
フォアマンは20年前、アリが自らに対して取った作戦のように、
若きチャンピオンを挑発し、相手のスタミナの消耗を待つ。
そして第10ラウンド、「その時」がおとずれる。
チャンピオン モーラーの足が少し止まる。
その刹那、フォアマンの右ストレートがモーラーの顎を捉える。
モーラーがリングに倒れた瞬間、フォアマンは自らのために
「奇跡」を起こしたのだ。
キンシャサから20年。長い長い自我の再生である。

そう、「かけがえのない日々」と「奪還」は合わせ鏡なのだ。
この順序でよかったのだ。
もちろん、フォアマンが45歳で再び王座に就いたことはリアルタイムで知っていたが、
これほどの物語があることは知らなかった。



このドキュメンタリーは多くの「心の折れかかった」人に勇気を与えていると言う。
冒頭のナレーションにはこうある。
「もし四十代を中年と呼ぶなら、四十五歳の彼はまぎれもない中年の男だった。
しかし、その彼は世界ヘビー級チャンピオン、すなわち世界最強の男に
挑戦しようとしている四十五歳でもあった。」

今日、四十五歳になった。
僕はフォアマンのように失ったものはない。
ただ、何かを言い訳にして自ら放棄してきただけである。
変われるか、変えられるのか、年齢は関係ない。
「遅すぎることはない」のである。
フォアマンのように、自らのために頑張りたい。