アクションの幻想構造 | アクション通信

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ロックアクションズ代表、石田憲一オフィシャル・ブログです

今回のテーマは「アクションの幻想構造」です。

 

毎回長すぎるので、冒頭だけ紹介しておきます。

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まずは、音楽の話から始めよう。最近よく聴いているのは、ビョークだ。以前は、iPod classicのシャッフル機能にはまっていた僕だが、大体1万曲を超えたあたりから、面白い組み合わせの頻出度が激減してきた。やはりある程度曲数を絞り込まないと、シャッフル機能の面白さを最大限活用できない・・・と思い、プレイリストでの鑑賞へと移っていったのだが、最近はオリジナル・アルバムの曲順重視で聴いている。やはりその方が、アーティストの表現を最大化できるわけで、楽しみも倍加するのだ。そして久々に聴いたビョーク。よく見ると、90年代のアルバムしか持っていないことに気づいたのだが、それでも古さは全く感じられない。ある意味時代を特定することが難しいくらいで、それはこの時点でプログラミング系の音作りが完成の域に達していたということなのだろう。例えば80年代のシンセの音なんて、古いながらも懐かしさとともに独特の響きを発していて、聴けば一発で分かるのだが、それは機材進化の過渡期の音だからか。そういった意味で、時代を特定できないとは、やはりある種の完成形と考えていいのだろう。 

では、アクションはどうかというと、同じく90年代において一つの映像的完成をみたと考えていいと思う。その代表作として例を挙げるなら「上海エクスプレス」ではないだろうか。この作品、ジャッキー以外のほとんどのアクションスターが出演という、確か正月映画として公開された大作だったはず。そのため、アクションシーンの撮影にも時間と予算たっぷりかけられていることが、映像からも伝わってくる。やはり照明とカメラ。この二つに時間をかけていることがよくわかるわけだが、その結果、アクション・シーンの美しさは特筆に値する。そして立ち回りの振り付けと、カメラワーク。この二つも双方を活かし合うようなグッドジョブの連発だ。アクション表現を邪魔せずに、振り付け効果を最大限発揮するようなカメラワークは、一つのオーソドックスな到達点と考えてもよい。まあ、お手本となるアクション・シーンだろう。大事なのは・・・