画像は写真で申し訳ありませんが、でも自分でもこの五ヶ月でもしかしたら本代に5万、使ったのかもしれないとなるとなんかコスパが悪くて申し訳ないように思いますけど、それでも本好きなので紙の電子も両方読んでしまうのかもしれませんね。

 

 自分でも案外コスパやタイパが悪い人間ですし、この2020年代でも今でも紙の本が好きということもありますし、結構外に3時間ぐらい出かけていますから、本当に無駄な人間だなと自分でもそう思いますね。

 

 ですけど、100%コスパやタイパばかり考えすぎても疲れてしまいむしろもっとコスパやタイパが悪化するかなと思いますかね、自分としてはコスパやタイパ自体は悪いとは思わないですし、それ以前からも言葉がなくても重視していた人もあるわけで、最近だけではないと思いますかね。

 

 サブスクリプションも2010年代よりかは当たり前のように浸透しましたけど、その200年前の江戸時代も同様にあらゆるものを借りていた現代よりも究極のサブスクでありシェアリング社会でもあったらしいですから、サブスクリプションは今だけの特権ではないですね。

 

 江戸時代も確かに今で言えばSDGs的なリサイクル社会でもありますけど、それを裏を返せばそれほど資源も少なかったしやりくりしていくしかなかったのかもしれないかなと、それでもその江戸時代の社会から学んでいくことは大切ですけど。

 

 江戸の時代の首都である江戸の町は現代よりもコスパやタイパを重視していた町でもあるかもしれないし、なんかある意味で先祖返りかもしれないですから江戸時代からも学ぶべきかもしれないですね、勿論全部ではないですけど。

 

 これは余談ですけど、十九文屋という380円で均一に売っていたお店で今でいうと100円じゃないですけどダイソー、キャンドゥ、セリエの原型のお店があったらしいですからある意味で原型に関係ないようで関係あるかなと思いますね。

 

 その時代は享保の改革というかの暴れん坊将軍で有名な、の政策でそれによって経済を良くするために財布のひもを絞めるような改革で庶民に節約を促したわけですから、今でも同じことが繰り返されますからなんか皮肉のような感じですかね。

 

 自分でもこうして馬鹿みたいに本を買うのがある意味でコスパやタイパが悪い人間ながらもでも好きなことは捨てたくはないし、それに関してはそこまで無駄ではないかなと思いますから、本は買い続けますかね。