(ルカ 16:8, 新改訳) 主人は、不正な管理人が賢く振る舞ったのをほめた。この世の子らは、自分たちの世代のことについては、光の子らよりも賢いのである。
マクドナルドの社長、レイ・クロック
(Ray Kroc, 1902-1984)
私たちがこの世を生きていく中で、人生の競争に勝利するために驚くべき努力を注ぎ込んでいる人々に出会うことがあります。最高のハンバーガー店を運営するために「ハンバーガー大学」を設立し、5万項目、750ページに及ぶマニュアルを作ったマクドナルドの社長、レイ・クロック (Ray Kroc, 1902-1984)もそうですし、
コカ・コーラを世界的なブランドへと育て上げた社長、ロバート・ウッドラフ
(Robert Winship Woodruff, 1889-1985)
第二次世界大戦が終わった時にコカ・コーラを世界的なブランドに育て上げた社長、ロバート・ウッドラフ (Robert Winship Woodruff, 1889-1985)の決意もまた然りです。
コカ・コーラを世界的なブランドへと育て上げた社長、ロバート・ウッドラフ
(Robert Winship Woodruff, 1889-1985)
ウッドラフは決意を込めてこう言いました。「私の夢は、私の世代において世界中のすべての人に、コカ・コーラを一杯でも味わってもらうことだ」。また記者たちには「私の血管の中には、血ではなくコカ・コーラが流れている」と言うほど、コカ・コーラに完全に情熱を捧げた人でした。このような世の人々の努力に比べ、光の子らである聖徒たちの、魂の救いに対する情熱は十分でないことが多々あります。
ジョン・フィリップ・スーザ
(John Philip Sousa, 1854-1932)
ジョン・フィリップ・スーザ (John Philip Sousa, 1854-1932)は、アメリカの作曲家であり吹奏楽の指揮者でした。彼は行進曲の作曲に秀でており「行進曲の王」と呼ばれ、1880年には海兵隊軍楽隊長を務めました。
ジョン・スーザが考案したスーザフォン
彼は1892年にスーザ吹奏楽団を組織し、吹奏楽に用いられるスーザフォンも考案しました。彼が作曲した多くの曲の中で有名な一曲に、行進曲「星条旗よ永遠なれ(The Stars and Stripes Forever)」があります。
ジョン・フィリップ・スーザ
(John Philip Sousa, 1854-1932)
ある夏の晩、旅先でホテルに滞在していたスーザがふと耳を澄ますと、階下の通りで誰かが手風琴(アコーディオン)を弾いていました。それはまさに自分が作曲した「星条旗よ永遠なれ」でした。ところが、通りの演奏者はその行進曲をのろのろと力なく演奏していたのです。
ジョン・フィリップ・スーザ
(John Philip Sousa, 1854-1932)
それを見かねたスーザは飛び出していき、通りの音楽家のもとへ駆け寄って言いました。「もしもし、その曲はそんな風に演奏するのではなく、このようにしなければなりません」と言いながら、曲の精神を生かして演奏するように教えたのです。通りの音楽家は感謝して、頭を下げて挨拶をしました。
ジョン・フィリップ・スーザ
(John Philip Sousa, 1854-1932)
翌日の晩になり、スーザは再び通りの音楽家が手風琴を弾く音を耳にしました。今度はスーザの曲を正しく見事に演奏していました。気分を良くしたスーザがにっこりと笑って窓の下を見下ろすと、通りの音楽家が手風琴を弾いている周りには、大勢の人々が集まって彼の演奏を聴いていました。
ジョン・フィリップ・スーザ
(John Philip Sousa, 1854-1932)
さらに驚いたことに、その手風琴奏者は演奏台の前に大きな看板を立てていたのですが、そこにはこう広告されていました。「スーザ (Sousa) から直々に教わった弟子の手風琴演奏をお聴きあれ」。通りの音楽家は、わずか数分の間スーザの教えを受けたに過ぎませんでしたが、彼はそれを機転を利かせて利用し、自分を知らせるための広告として使ったのです。
この世の子らが、束の間生きて去るこの世界で勝利するために努力し、知恵を絞る姿には感嘆させられることが多くあります。私たち聖徒は、これとは比較にならない永遠の命と天の多大なる祝福を約束されていながら、この福音を宣べ伝えることにおいて、あまりに弱く怠慢である時が多いのではないでしょうか。今日も、神様の助けの中で、この世の子らを超える戦略と情熱に溢れる聖徒となりますようお祈りいたします。





















































































