(詩篇 71:3、改訂訳)あなたは私の常に逃れて隠れる岩となってください。あなたは私を救えと命じられました。あなたは私の岩、私の城塞だからです。
ダビデ王は神を自らの岩として頼りにして生きました。
ダビデが書いた詩を見ると、特に神を岩にたとえた表現が多く使われています。そして彼は自分の表現通り、神を人生の心強い岩として頼りにして生きました。その時、神は彼と共にいて、ダビデがどこへ行くときも勝利を得させたと聖書は記録しています。
ダビデ王は神を自らの岩として頼りにして生きました。
(サムエル記下 8:6, 14、改訂訳)[6] ダビデがダマスコのアラムに守備隊を置くと、アラム人はダビデの僕となって朝貢を捧げた。ダビデがどこへ行くときも、主は勝利を得させられた。[14] ダビデはエドムに守備隊を置き、エドム全土に守備隊を置くと、エドム人はみなダビデの僕となった。ダビデがどこへ行くときも、主は勝利を得させられた。
神を自らの岩とする人は幸いです。
そうです。神を岩とする人と民は幸いです。神が彼らの揺るぎない基礎となられるからです。このような祝福が、今日、聖徒の皆様と共にありますようお祈りいたします。
エドワード・モート (1797-1874) 牧師
イギリスのエドワード・モート 1797-1874は、牧師であり賛美歌の作詞家でした。彼の両親は居酒屋を経営していましたが、彼らはモートが通りで何となく遊びながら過ごすように放任して育てました。そのため、彼は自分の幼少期について、「私はあまりにも無知で、神がいることさえ知りませんでした」と回想しています。
エドワード・モート (1797-1874) 牧師
しかし、彼は神の恵みによって18歳の時に福音を受け入れ、洗礼を受けました。その後、モートはロンドンで37年間家具を作る仕事に従事しましたが、始めて10年ほど経つと、ついに家具店を経営する社長になりました。ついに彼は、今やお金も名誉もすべて手に入れました。
エドワード・モート (1797-1874) 牧師
そんなある日、モートが自分の工場の裏手にある丘に登って散歩していたところ、大きな岩を見つけて腰を下ろし、町の美しい情景を見下ろしていました。その時、彼は突然胸に押し寄せる幸福感を感じ、自分が座っている岩が自分を心地よく支えてくれていることに気づきました。そして次の瞬間、イエス様は自分の人生を支えてくれる岩のような存在であると考えるようになりました。
エドワード・モート (1797-1874) 牧師
結局モートは、自分の幸せの根拠はお金や名誉ではなく、復活された主が生きておられ、自分を導いてくださっているからだと悟り、この事実を黙想し始めました。そうして出勤途中にロンドンのホルボーン・ヒルを歩いている時にインスピレーションを受け、詩を書きました。
この詩こそが賛美歌488章であり、歌詞の内容は、「この身の望みは何、我が主イエスのみ。我が主イエスのほか、信じる者は全くいない。堅固な岩であられるので、その上に私は立とう。その上に私は立とう」というものです。
エドワード・モート (1797-1874) 牧師
その後、エドワード・モートの家具業はさらに繁栄し、企業はますます隆盛を極めました。しかし、モートは自分の天国の希望を隣人たちに直接伝える機会をもっと持ちたいという熱望から、55歳の時に自分の企業と財産をすべて整理し、バプテスト教会の牧師になりました。そしてその後、福音を伝える働きに20年以上献身し、77歳の時に神の召しを受け、彼が望んでいた天国へ行きました。
エドワード・モート (1797-1874) 牧師
モートが書いた賛美歌の最後の節はこのようになっています。「世で信じていたすべてのものが断たれる日になっても、救い主の契約を信じて、私の望みはさらに大きくなるだろう。待ち望んでいた天国に上り、神の御前にお会いする時、救い主の義を力として、堂々と御前に立とう。堅固な岩であられるので、その上に私は立とう。その上に私は立とう」
そうです。今日、私たちもエドワード・モート牧師のように主を岩として頼り、生きるも死ぬも主に従って歩み、天国を慕い求めることで、希望の中に生きる聖徒となられることを主の御名によってお祈りいたします。










