江別|東町整骨院のブログ(北海道江別市大麻[おおあさ]の整骨院)

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スポーツ医科学、健康・体力づくりなど
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2月

20日(金)

21日(

大麻銀座商店街お越しください。

 

THANK YOU STREET と銘打って、

 

解体前の建物とのお別れするイベントです。

 

東町整骨院も、

 

初代の案内板

 

全焼した建物への移転時に作られた看板を展示します。

 

 

私は、

21日()の午後に

現地にいるかもしれません。

※賃貸していた学童保育の子供らが多いと居づらいかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

大麻銀座商店街火災

 

解体前

 

THANK YOU STREET 

 

2月20日(金)・21日(土)

 

東町整骨院は、

この建物で25年間営業してきました。

 

2007年当時の外観の写真と、

 

初代案内板(昭和58年〜平成10年)

 

この建物の沿革(説明文)の掲示

 

罹災した建物に移転した昭和61年に作られ、

現在も引き継いでいる看板

 

を展示します。

 

 

 

 

MAPには、店名が示されていませんがです。

 

この建物の歴史を以下に示しました。

 

1967 〜 2026

19年間 : さくらい商事 


25年間 : 東町整骨院

 年間 : みんなのいえ

 

 

私は、19歳から携わっているので、

年齢がバレるんで・・・んん十年。

 

 

 

 

以下、以前のホームページデータより

東町整骨院 沿革

 

創 立:1983年(昭和58年10月3日)・・・・・初代開設者:片岡利正

        (※江別市大麻東町13番地42)

         

移 転:1986年(昭和61年7月1日)・・・(※江別市大麻東町13番地47)

                               

現院長 小野寺恒己 就任:1989年(平成元年9月18日) 

 

経営譲渡:1999年(平成11年1月1日、診療開始1月4日)・・・・2代目開設者 小野寺恒己

 

現在地移転:2011年(平成23年11月3日)・・・(※江別市大麻東町29番地1)

 

 

 

大麻銀座商店街火災から

1ヶ月が経過しました。

 

発生は2026年1月7日深夜11時20分頃

オブジェのように焼け残った、東町整骨院「旧館」のハシゴ

 

 

地権者による解体・撤去の合意はできましたが、

必要書類が集約でき次第、工事に取り掛かれるのですが、

先週末・先々週末の大雪のため、

まず、除排雪の日程を組んでいくようです。

 

江別市の自治会排雪のスケジュールが組まれているため、

運搬用のダンプの手配が心配です。

 

 

解体・撤去・整地に係る費用の援助をお願いしています。

下記の

郵便振替口座か、ゆうちょ銀行の当座預金までお願いいたします。

  • 名義:東町整骨院
  • 記号番号:振替:02710-0-84862
  • (当座:二七九店 84862)
 
義援金以外にも、
寄付金付き
・揉みほぐしボディケア利用券
・手技療法回数券
・テキスト(スポーツ外傷・スポーツ障害への理解
も販売しています。

 

 

 

 

 

 

 

2月も、商店街火災の後の話し合いがありますので、

 

画像の通り、午後の時間を短縮することになります。

 

よろしくお願いいたします。

 

 

 

東町整骨院(北海道江別市)は、

 

大麻銀座商店街にありました。

 

昭和57年10月 13番地42に開業

昭和61年7月  13番地47に焼失した旧館に移転

 

私は、昭和60年4月に、

北海道柔道整復専門学校(夜間部)に入学し、

 

当別町の片岡整骨院に昼間勤務(勤労学生)し、

 

夕方5時に当別町を出発し、専門学校で学びました。

 

※厚生省の方針により、柔道整復師を養成する専門学校は、

全国に14校のみ(養成定員1050名)という狭き門で、

各学校の出願倍率は3倍から10倍と言われていました。

 養成課程(昼間部・夜間部)も固定されていたようです。

北海道内にはこの1校しかありませんでした。

 ・平成10年福岡地方裁判所での行政訴訟で厚生省が敗訴し、

  柔道整復師や鍼師、きゅう師の養成校が乱立しました。

 

師匠である片岡氏は、

柔道整復師を雇用し、篠路整骨院も経営していました。

 

そして、江別市大麻東町に貸店舗を見つけ、

K柔道整復師を雇用して分院を出し、

「東町整骨院」と名づけました。

 

昭和60年2月ごろ、

K柔道整復師の退職により、

次にO柔道整復師が就任しました。

 

昭和61年大麻銀座商店街にあった「さくらい商事(金物屋)」が、

江別市内にある豊栄不動産を仲介業者として、

私の師匠である片岡氏が購入しました。

 

※この不動産売却理由については、個人情報のため公開を控えます。

 

金物店を購入した片岡氏は、

当別町の 中野渡建設 にリフォームを依頼しました。

 

昭和61年ある日、整骨院の昼休み に、

片岡氏より「ちょと行くぞ」と、

大麻銀座商店街の物件のリフォームが始まったばかりの現場に行きました。

 

始まったばかり ということは、

 

既存の内装の  解体 から始まります。

 

正面のシャッターを外し、

玄関を1間(約180cm)ほど後退させ屋根部分だけにしたり、

 

屋内では、店舗の間仕切りを解体したり、

 

そこで、私は、バールで天井の板を剥がす仕事を与えられました。

 

「ちょっと行くぞ」

ですので、

 

白衣のままでした。

 

埃なのか? 断熱材なのか?

グレーの綿状のものを頭から何度もかぶりました。

 

また、屋根裏部屋にあった、

領収書の控え、

商品の空き箱

 

などのゴミを、1tトラックに積み込み、ゴミ処理状まで運搬しました。

 

私が19歳出来事です。

 

19歳(専門学校2年)の夏休みの1ヶ月間

 

ここの2階に寝泊まりして、助手の仕事に従事しました。

 

その時、O柔道整復師から受けたいじめは今も忘れません。

 

今考えると、O柔道整復師高校生のママの精神年齢だったのでしょう。

同学年のS柔道整復師は、私の後に東町整骨院から専門学校に通学していましたが、

同様のトラブルで退職しました。

その後、K柔道整復師、Y柔道整復師(専門学校生)は、耐え忍んでいたようです。

 

その2年後(昭和63年)には、私は柔道整復師免許を取得して

 

江別市野幌駅前にあった 片岡整骨院を任されていたのですが、

 

平成2年9月、O柔道整復師の退職により、

 

3軒の整骨院を2人の柔道整復師で運営する2年間が始まったのです。

1、片岡整骨院(当別町)

2、東町整骨院(江別市大麻)

3、片岡整骨院(江別市野幌町)→ 現在は、中国武術協会が賃借し利用している。

 

その2年後、柔道整復師となった、

 

K柔道整復師、Y柔道整復師に加え、

 

当時まだ学生だった、A柔道整復師、I柔道整復師 と

 

多い時は3名が2階に寝泊まりしていました。

 

まるで合宿所のようで、

順番を決めてちゃんこ番(夕食のみ)をしていました。

 

商店街の夏祭りでは、焼き鳥を焼いていました。

 

平成11年(1999年)1月、

 

片岡氏りからの経営譲渡により、

私が経営者となり

 

平成23年10月まで

焼失した整骨院を運営していました。

 

 

平成23年11月3日 現在地(約100メートル南側)に移転しました。

看板は開業当時のものです。

 

 

 

移転後は、駐車場としても貸し出していました。

 

 

 

 

 

この2階への階段がある方向から

火災の際、多くの画像・動画を撮影しました。

ある意味で、看取りです。

 

この、東町整骨院旧館も、

復興には、解体から始まります。

その資金が・・・。

お助け願います。