『俳優の仕事』第一部
第5章 舞台における注意1
この章は客観視においての部分だったり、お客さんがいることにおいて語られてるのかな?
[ドラマティックな場面までくると、自分の演技に満足できなくなり、もっと力を入れて演じようとしたが、感情や情熱が不足していた。
知らず知らずのうちに私は方向性を失い、わざとらしい見せびらかしの演技になってしまった]
つまり、外側だけのわざとらしい嘘になってしまったということかな
感情が足りてないと、嘘がまじるというか、外側だけになっちゃうというか…
[幕が開いてる時には、フットライトの向こうの暗闇に座っている観客が私たちの邪魔になる。
幕が閉まっている時には、私たちと同じ部屋にいた先生とラフマノフが邪魔になった。
自分たちだけで演じてるときには、相手役が観客になって私たちの邪魔をした。
自分一人で演じていると、私自身が自分を見る観客となり、俳優としての私を邪魔するのだった。
こんなわけで、どっちを向いても観客が邪魔になっているのだ。
しかし、それでいて、観客無しで演じるのは退屈だ]
私はあんまりお客さん意識してやるほど場数も踏んでないからなぁ…
ちょっと感覚として理解が浅い部分なのかも
でも、そもそもその創造のお芝居の世界にお客さんはいないじゃん…?
お客さんは確かにいるんだけど、それはその世界のキャラクターや役には関係ないよね
だから、恥ずかしいとか思うのと同じで、要らないものだよね、と私は思っちゃうんだよね
というか、だから考えないのかも?