『俳優の仕事』第一部
第3章 
行動。<もしも>、<与えられた状況> 2

またまたマロレトコワ
今度は先生の指定する設定で舞台の上で「ピンを探す」ことに

先生の指示で「出てくる」と彼女は俳優もどきの演技と先生に指摘される

そこから先生は設定の部分で彼女に念を押した

そして2回目に探した時、彼女は一回目と比べ物にならないくらいゆっくりとしたテンポで進む

[意味もなく駆けずり回ることは舞台では必要無い。]
これはアテレコでも言えることなんじゃないかなー、と

[舞台では意味もなく走ったり、意味もなく苦悩してはならない。舞台では単なる行動のための行動、いかにも<一般的>な行動は必要ない。根拠と目的をもった生産的な行動をしなければならない]

[真の行動は根拠のある、目的にかなったものだ。]

その後クラス全員、舞台に上がってみたまえと
そしたら主人公、自分で試演の時のような俳優もどきの演技でしかないことに気づき止めてしまった

そして、先生は
「君たちが見せてくれたものを検討しよう」
と、
「椅子に座って先ほど演じた時と同じ気持ちを表してみたまえ。」と

[外面的な俳優もどきの演技を封じられると、与えられた課題の無内容さ、実現不可能性はいよいよもってはっきりしてくるのだ]

「どうかね?ただ座って、これといった理由も無しに嫉妬したり、心を痛めたり、悲しんだりできるだろうか?はたして自分に<創造的な行動>をあつらえることが可能だろうか?いま君たちはそれをやってみたが、どうにもならなかった。感情はわき起こってこなかったね。
それで、無理に過剰な演技をしなければならなかった。ありもしない心の動きを顔に表さなければならなかったを自分のなかから感情を絞り出すことなんてできないのだ。意味なく嫉妬したり、愛情を感じたり、苦しむことはできないのだ。感情を強制することはできない。
それをすれば見るにたえない過剰な演技に終わるのが関の山だ。だから、行動を選ぶ時には感情には手をつけてはいけない。感情はおのずと、嫉妬や愛情、苦悩を呼び起こしたもとの原因から生まれてくる。そのもとの原因を一生懸命思い浮かべ、それを自分の周りに作り出すようにしたまえ
その結果についてあれこれ思い悩む必要は無い。
(中略)
芝居がかった情熱、芝居がかった人物像、機械的な演技、それらは我々の仕事でよく見かける誤りだ。
形で見せようとしたり、俳優らしく大見得を切ったり、俳優もどきの演技に毒された俳優が陥りやすい誤りだ。
本当の俳優は目に見える形をとった情熱を真似たり、うわべだけの人物像をコピーしたり、俳優の惰性で機械的な過剰な演技に走るのではなく、真に人間らしく行動しなければならない。情熱や人物像を演じるのではなく、情熱に突き動かされ、人物になりきって行動することが必要だ]

この先生の言う、本物の俳優に私はなりたいなって
だから、もっと人間らしい行動をもっと考えていきたいなって

そしてこれに対し生徒達、言い訳しちゃうんだよね
大道具があれば行動したはず!と

ほんとに上手い人はマイムで表現できるんじゃないかなー…と、思ったり