『俳優の仕事』第一部
第3章
行動。<もしも>、<与えられた状況> 6
[能動性というのは舞台の上での行動に現れ、この行動のなかで役の本質、つまり俳優の心の動きも戯曲の内的世界も伝えられる。行動や行為によってわれわれは舞台に描かれる人物を判断し、彼らが何者であるかを理解する]
[内面的に同化できない役は、観客の受けを狙って、見た目にも派手に演じた方が演じやすい。]
そうなんだよね、ある種全力出力は簡単なんだよね…
だから、お芝居に全力で挑めないと、失敗すらちゃんとできないなー、と個人的に思ってます
[俳優にとっていま自分がしていることが人間としての自分に無縁だと思われる場合や、役と芸術が本来成すべき役目とは違う目的に奉仕させられている場合
行動は生きることもなく、空虚で、本質的になんら伝えるべきことをもたない。]
この後の<一般的な演技>は本当に恐ろしいなって
単に戯曲に書いてあるから、という理由で処理されてしまうとそうだよね
いかにもというか、テンプレ芝居になってしまう
[退屈で、内容がないことが一目瞭然だ]と
でも、ある種私もこういうとこ、というかやっちゃってたりもするんだろうなー、と反省
<一般的な>演技は
[皮相で軽薄]
[無秩序で無内容]
[始めるばかりで終えることを知らない。]
だから[舞台でなされることに対して少し展望に立った見通しと真剣な姿勢を、君たちの演技に導入することだ。]
[役に理論と一貫性をもたせるようにしなさい。]
[君たちの演技には完結性を持たせなさい。]
[<一般的>な行動ではなく、人間的な行動を学べるか、つまり演劇の約束事ではなく生きた有機的自然が要求するように、率直に、自然に、有機的に正しく、自由に行動するとを学ぶにはどうすればいいかを理解するよう努力しよう]
そう、いわゆる演劇らしい演技ってのがよくないのはこういうことなのかなー
さて、第3章もこれで終了です
<魔法のもしも>、
それから<与えられた状況>をもっと意識していきたいなぁ、と
その二つや、内的および外的行動も俳優の仕事においては重要な要素だけど、大切なのはそれだけでは無いと
[我々には更に多くの専門的な、俳優としての創造的能力や特質、才能が必要だと
想像力、注意力、真実の感覚、目標、舞台上の資質など
とのこと
4章のタイトルが「想像力」だから後々語られてくるのかなーと!