『俳優の仕事』第一部
第4章 想像力 4
[心の視覚のヴィジョン]
という単語を見て思わず
「スタンド…」
とつぶやいてしまいました(笑)
気持ちの流れも大切でなかなか自分でもできてないなーってところなんだけど
[我々には単なる与えられた状況ではなく、具体的に示された与えられた状況の途切れることない流れが必要なのだ]
[役の生活の与えられた状況を具体的に示すヴィジョンを目にしていなければならない。]
[芝居を演じている間は、そのフィルムは途切れなく続いてゆき、我々の心の視覚のスクリーンに役の与えられた状況を具体的な形で映し出す。]
心の目で見ているけど、それは内部でなく外部に感じるって
なるほどなーって
それ例えるならシンフォギアもそうなのかな、胸に歌はあるけど、曲は外から出てる
[「我々の感情や体験はとらえがたく、気まぐれで変わりやすく、留めておくことはできない、あるいは俳優仲間の言葉でいえば<定着>できないからだ。]
視覚の方が御しやすい、って
確かに視覚イメージのが明確だよね
あと感情の動きを覚えると型になっちゃうし
「それっぽい表現」となって薄くなっちゃう
[空想の視覚的映像は幻影であるにも関わらず、情緒的記憶によって曖昧に暗示される感情についての観念よりも、よりリアルではっきりと感じられ、<物質的>だ。
受け入れやすく御しやすい視覚的ヴィジョンを使って、受け入れにくく安定しない感情を蘇らせ、固定するようにしなさい]
これはそれを見て、その都度感じなさい、前の方でも出てきた役を血肉化するってことかな
常にナマモノであれ、新鮮であれ、みたいな
[「君が作り出した映像が戯曲の与えられた状況や魔法の<もしも>を正しく反映しているなら、もしそれらが役の気分や感情に見合った気分や感情を君の心に呼び起こすなら、おそらく君は毎回、君のヴィジョンに感染し、心でフィルムを見るたびごとにオセロの感情を正しく体験するようになるだろう」]
主人公それに対して、フィルムができていれば映すのは難しくないと、問題はフィルムをどう作るかという
[「それについては、次回にしよう」]と先生
それは確かに気になるとこだね
<もしも>を使って入り込む、その入り込むものをどう作るかってことかな