2月末頃のこと。
某駅前にある書店に立ち寄った。
普段はマンガばかりの僕であったが、その日はふと、小説のコーナーへと足が行った。
平積みに並べられた売り出し中の文庫本。その一つに目が留まる。
夕焼けの中に立つ少女とそれを反射する湖面の写真。印象的な表紙だった。
手に取って眺める。

「涼宮ハルヒの憂鬱」と書いてあった。

おいおい。俺の知っている赤白の派手な題字でもないし(美)少女のイラストが飾られている訳でもない。
僕は困惑したが、別の問題で読者諸兄も困惑するであろう。そもそも「涼宮ハルヒの憂鬱」ってなに? と言う疑問が起こることは悲しいけれど想像に難くない。
「涼宮ハルヒの憂鬱」と言うのは、谷川流氏により書かれたライトノベルだ。ライトノベルというのは、イラストの表紙を看板にした中高生・若年層を対象とした小説のジャンルである。特に今作はヒロイン(キミ)および主人公(ボク)の関係性のみよって世界が決定される二元的世界観、いわゆるセカイ系の枢軸たる作品だ。僕らの世代(のオタク)は、酷く影響を受けた。
かつてその方面で一世を風靡した作品であったが、この度目出度く角川文庫から再刊行されたらしい。帯までついていて、見ると筒井康隆氏による推薦文が載っていた。
氏、曰く「「涼宮ハルヒの憂鬱」はラノベである以前に優れたユーモアSFである」と。
筒井氏は、ライトノベルが売れると言う非常にインポータントな理由一点のみで自身もライトノベルを出版するため研究用に購入したのが今作であるという。
氏が今作に影響を受けて飛び飛び4年の連載の末刊行した「ビアンカオーバースタディ」は、その強烈な内容、および次回作を新人が書いてきて賞を取り出版、太田が悪い、などの付随するエピソードにも事欠かないため、ご興味あれば調べてみるのも一興かと思います。
筒井氏と今作にまつわるあれこれは耳にしたこともあり、実家に当時の文庫本が眠っているものの、改めて読んでみようと思い、手に取ったままレジへ。

サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことは、たわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいい話だが、それでも、俺がいつまでサンタなんていう想像上の赤服おじいさんを信じていたかというと俺は確信をもって言えるが、最初から信じてなどいなかった。

と、始まる、その筋では知らないやつはモグリだと言える一文を久々に目にし、何百回と聞いたアニメ版の冒頭をなぞりながら、口の中で何度か繰り返す。
ぶつぶつ言いながら歩き始めた不審者な僕の足下を雨粒が威嚇した。外は雨だった。
「涼宮ハルヒの憂鬱」と「雨」。
勘の良い読者諸兄ならお気づきだろうけども、そんなことよく知らん読者諸兄が大半なことも僕は知っている。
1000文字を越えて、ここで、やっと本題である。

「サムデイ イン ザ レイン」をご存知だろうか。
放送順で第9話。時系列順であれば最終話にあたる、アニメ版涼宮ハルヒの憂鬱、オリジナルエピソードである。
あらすじは、主人公が独りで学外にストーブを取りに行き、雨の中部室に戻って、下校する。
それだけである。いや、最後の最後にヒロインである涼宮ハルヒが職員室からパクってきた傘を差し出しいわゆる100ワットの笑顔を見せる非常にポイントの高い場面はあるものの、それだけである。
主に主人公不在の部室を定点から、ときたま主人公の側を映し、また部室の定点観測に戻る。
何も起きない、ただ過ぎていく時間。
描かれているのは時間だ。
時間は、陳腐な言い方だし誰しもが言うことだけど、かけがえが無い。問題は、かけがえが無いことをどう表現するかだ。
仲間のいないおつかいの、退屈な放課後。主人公のいない部室の退屈な日常。
それらを視聴者である我々も、ただ過ぎるのを待って30分が終わる。
あの頃の、高校生の頃の、無限に続くと錯覚していた放課後という時間の退屈を、大人になって見るといかに貴重で大切なものかを、楽しさと寂しさを感じながら、共に時間を浪費することで理解する。

ああ、と、僕はこう言う作品が好きだったのを思い出した。
『留守』も退屈な台本です。鬼の居ぬ間の余暇が、冗長に軽妙に描かれている。
だから僕は、「サムデイ イン ザ レイン」みたいな『留守』が作りたかったのかもしれないと、ある雨の日に思った。もちろん作品にしかけた事はもーちょっとあるけれども。

客席と役者が共に退屈を過ごし、時間そのものについて考える。

そんな作品になっていたでしょうか?
役者にも黙ったまま煎餅を食べ続けて貰い、二人きりになった八百屋の気まずい沈黙を長く取り、出来るだけ、時間の価値に浪費という方法で向き合って貰いました。
大変だったと思います。が、僕の思う作品にはなりました。
お八重役碧ちゃんはアクト初舞台ながら豪胆さに舌を巻き、
おしま役みこちゃんには去年から引き続き屋台骨を支えて貰い、
八百屋役佐古には綺麗に討ち死んで貰いました。

感謝してます。
ありがとうございました。

お越しのお客様にも、退屈にお付き合い頂き、感謝の限りです。
師曰く、良く思って頂ければ役者さんのおかげ、そうでなかったら僕の責任です。どちらでも、またどこからでも、ご感想お寄せ頂けると幸いです。

また、当日お手伝い頂いた菊地さんやのぞみちゃん、音響に入って頂いた渋谷さん、監修して頂いた師、小西さん。別日ではありますが傑作短編選の公演を共にした皆様にも感謝しております。
お陰様で無事終演しました。ありがとうございました。

最後に、7年過ごした烏山の皆様。
ご協力や暖かいお言葉、その他色々お世話になりました。
僕にとってかけがえのない7年という時間をここで過ごせて、大変幸せでした。
この烏山の街と、そこに暮らす方々に幸あれ。

以上、
『留守』演出
桃木正尚でした。