二年前のテアトロスタジョーネでチェーホフ作「熊」のスミルノーフを演じさせていただいた時のこと。
借金とりのスミルノーフが債務者であるヒロイン・ポポーワ宅を訪れるも相手にされず一人で憤慨するシーンで、
「ひとつ伺いますが、利子は払うのでしょうか、それとも払わんで宜しいのでしょうか?」と客席に話しかけるところがありました。
四回ステージがありましたので、四人のお客様に話しかけたわけですが、そのうちの一回が吉田君でした。
「ひとつ伺いますが、利子は払うのでしょうか、それとも払わんで宜しいのでしょうか?」
というスミルノーフの問いに
「払わないといけないと思います」
と吉田君は答えました。
それが私と吉田君の初めての会話でした。
汗をだらだらかきながら、私は「お、きちんとしたやつだな」と思いました。
吉田君と話をする時、話題になることが多いのは格闘技の話です。
格闘技の話と言っても有名選手の話とかをするのではなくて「後ろから首をしめられた時はどんなふうに外して反撃するか」とかそんな話をします。
吉田君は独学で「システマ」というロシア軍の格闘技を練習しているそうです。それもYouTubeなどの動画を見て、自分で考えて応用しているとか。
格闘技とは相手あってのもので、実際に練習相手がいて技をかけたりかけられたりして習得するものですが、彼は動画を何度も見ることでマスターしてしまいます。事実彼に技をかけられると簡単にねじ伏せられてしまいます。
見たこと聞いたことをこなし、考え応用できる能力は芝居や劇団内の様々な仕事においても発揮されています。
「有能」という言葉は吉田君に相応しいものだなあと思います。
その有能さを買われての今回の演出家起用。
大変そうです。
それだけ演出という仕事は大変なんだなあ、と彼が苦しんでいる様子を見ていて実感します。
小西主宰がブログで書かれていた通り、「どれだけ勉強してもやり過ぎがない」ものであり、
「読んだ本と新聞の数が、出会った人間の数が、演出席で忠実なまでに結果を出して、独りで夜中に踊るダンスや、撮り溜めした映画やドラマや、何千回も観たW杯の映像が僕の言葉に熱と実感を与えてくれ」るものだとすれば、初演出の吉田君のプレッシャーたるや想像に難いものがあります。
しかもお手本が小西主宰。いともたやすく一年に6本の作品を演出してしまう方です。主宰は努力している姿を人前に出すことを好まれませんので、そういう様子は微塵も見せませんが。
「演出とはかくあるべき」というお手本があまりに凄いことがプレッシャーに拍車をかけているのかもしれません。
しかし、吉田君は吉田君であり、しかも今回が初演出。
今の彼なりのスタンスがあり、また、彼ならではのスタイルもあるだろうと思います。
そして、聡明な彼はそのことに気づき始めているように感じます。
それは座組み全体にも伝わり、本番二週間を切った今、熱量も上がってきました。まだまだ面白くなる、そんな予感がします。
きっと今回の経験が彼を演出家としてはもちろんのこと、役者としても、そして人間としても大きく成長させてくれるに違いありません。今後の吉田晃弘に要注目です。
そして、もちろん、「床の男」どうぞご期待ください!