「隣の花」で目木役を務めました宇土です。

 夜中に目が覚めた時、一瞬「隣の花」のことが心配になってがばっと起きそうになり、「ああ、もう終わったんだっけ」ということが今週になって二回ほどあった。

 「隣の花」からは本当にたくさんのものを与えられた。私は、この作品を通じて新人から下手くそな役者になった。

 結果が出る前は、自分を期待の目で見るものである。しかし、台本をもらい稽古をすすめていけば嫌が応にも私の未熟さが露わになる。最初は何が悪いのかもわからず手探りだったのが、稽古をすればするほど、自分の下手さ加減がわかるようになる…声の出し方、台詞の言い方、気持ちの表現の仕方…多分、芝居をやる限りずっと続くんだろう。

 振り返れば、小西先生はよく私を使ってくださったものだと思う。曲がりなりにもお客様に観ていただく舞台なのだから、クオリティの低い作品でよいわけがない。きっと、ふがいない私の稽古ぶりに胃の痛くなる思いを我慢していただいたことだろう。
 時には医者から「しゃべってはいけません」と言われているにも関わらず、マンツーマンでみっちり相手をしていただいたこともあった。もちろんその間も先生は私の理解を促すため、言葉をつくしてしゃべりまくった。
 先生は私の稽古の進み具合に応じて課題を出された。そのひとつひとつに取り組む度に、これまでの自分の生き方と向かい合うことになった。
 ダメ出しをされ、自分なりに考え、「ああ、こういうことなのかな」と思ったことを家内に話すと「そんなことわかってなかったの?私は前からそう思っていたよ」と言われた。
 目木を演じることで私は自分自身をあらためて知った。芝居をやれば40を過ぎても成長できるのだ。

 今回は共演者の皆さんにも本当にお世話になった。

 作品に取り組む姿勢を身を以て教えていただいたのはAキャストの雛子を演じられた岩崎友香さん。自分の役や演技についても妥協なく取り組みつつ、作品全体の完成度に気を配っておられ、後輩のことを心配していただいた。ご自身は出番のないシーンであっても自主稽古には毎回参加してくださり、文字通りの熱血指導。友香さんのエネルギーとまっすぐさから力を与えられたものである。

 Bキャストの中西彩乃さんは、稽古が行き詰っている時によくアドバイスをしていただいた。稽古の後の千歳烏山駅までの道中、私が質問をすると、歩きながらしばらく考え込んだ後、「私はこうだったよ」、とか、「○○さんはこうだったよ」と言葉を選びながら励ましを込めて話してくれた。
 ‘マノンレスコー’彩乃さんの存在は稽古場に明るさをもたらすムードメーカーだったと思う。

 Bキャストの久慈役を務めた立和名さんには、いちばん自主稽古につきあっていただいた。特に幕開きのシーンは恐らく200回くらい稽古したのではないだろうか。未熟な私のために粘り強く関わってくれた。本番の数日前にいろいろな話をしたのだが、その時にしてもらったアドバイスは大きな支えになった。彩乃さんと同様に立和名さんも稽古場に笑いを提供するもう一人のムードメーカーだった。

 そして、二人の文子…Aキャストの松本美華さんとBキャストの福井美沙葵さん。私にとっては舞台上の‘初恋’の人である。
 結婚して10年。私は恋愛から遠ざかっていた。だから当初は文子に告白するシーンをどうすればよいのか全くわからなかった。執拗な「照れ」も邪魔をした。多分、お二人には相当失礼なことをし、傷つけ、がっかりさせたことだろうと思う。
 それでもお二人は何度も自主稽古につきあってくださった。
 試行錯誤の末に気が付いたのは、舞台に立ったら全力で文子を好きになろう、ということだ。そうすることで文子がより美しく見えたらいいな、と思って稽古に取り組んだ。
 この文子とのやりとりから私は多くのことを学んだ。

 「隣の花」を終えて、いろいろなことが頭の中をぐるぐるしてまとまらない。ここに書いたことは全く不十分であるし、全く的を得ていないような気もする。それだけ私にとってかけがえがなく、言葉にしようのない経験だった。

 感謝の気持ちを表すべきは、他にもたくさんいる。アドバイスをしてくださったり、公演当日にお手伝いをしてくださった先輩たち。観に来てくれた方々。稽古の時間を確保するために、協力してくれた家族、友人…

 とにかく、今は「隣の花」が終わってしまったことが寂しい。

 この四ヶ月間のことは一生忘れないだろう。