マルティナはこの2週間の間どんな気持ちで過ごしたのだろう?父親との関係は修復されたのだろうか。そんな事を考えながら、僕は部屋を片付け始めた。
散らかったたくさんの資料や、書籍、コンビニの弁当の空容器、脱ぎ捨てた下着や洋服、部屋の中はひどいありさまだった。一瞬途方にくれそうになる心に鞭打って、僕はとりあえず洗濯物を洗濯機に突っ込んでみた。2時間もあれば洗濯出来そうな気もしないでもないが、僕は洗濯というものがどうしても好きになれない人間なので、すぐに洗濯機の蓋を閉めて、何もなかったかのような顔をした。あとは、書籍類と資料を片付けるだけだった。
それを済ませてごみを捨てると部屋はかなりすっきりした。ま、もともと対したものの置いてない部屋なのだ。部屋はすっかり片付いたが、おかげで僕は汗だくになってしまった。仕方ないのでもう一度シャワーを浴びて、飲みかけのビールを飲み干すとちょうど部屋の呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると、そこにはマルティナが立っていた。
「お化けでも見るような顔するのね?」
「いや、そういうわけじゃないけど。元気そうでよかった。」
「部屋には上げてくださらないのかしら?」
「まさか。さ、入って。」
マルティナは髪を短く切っていた。そのせいで顔の小ささが強調されていて一種の緊張感を僕に与えた。
「髪、切ったんだね。」
「パパがね、髪は短い方が好きだって。あなたは?」
「僕も断然、短い方が好きだ。」
「ふーん。知らなかったわ。」
「僕らの間にはまだ知らない事がたくさんある。」
マルティナはそれには答えず、荷物を床に置くとベッドに腰掛けた。
「いま、先に話したほうが良いかしら?パパとワタシのこと。」
僕はちょっとの時間考えた。どうしたほうがいいかを僕に決める事は出来ない気がした。
「僕には上手く決められないな。マルティナ自身が今話すほうが良いなら聞こうと思うけど。」
「そうねぇ。先に話したほうが、気持ちよくお酒飲めるかもしれないわね。」
僕らの間に、ほんのつかの間だったが固い緊張感を伴う沈黙がやってきた。
「話すわ。」
僕はゆっくりと頷いて、マルティナの横に腰を下ろした。
マルティナは、言葉を選ぶように慎重に「そうねぇ。」と言った。
「パパは、元気に暮らしていたわ。私が思っていたよりも。あの頃と変わらず、年中仕事ばかりしてるみたいだったけど、とにかく元気な事には違いはなかった。ワタシが家に帰るととても驚いた顔をした。でも、すぐになぜ私が帰ったのか、何を話そうとしているか察したようだった。それでこう言ったの。「元気だったか?髪が伸びたようだが?」って。ワタシは、すぐには何て言っていいか分らなかったの。それで、まだ怒ってる?って聞いたの。パパは大きい声で笑ったわ。もう怒ってないよって。人生にはいろんな事が起きる、間違いも悲しみも。でも大切な事はそれに悔いたら、必ずやり直そうとする事だって。やり直そうと努力して、相手の気持ちになって考えてみる事だって、それができたら、もうその時にはほとんどの事は時間が解決してくれているって。」
僕は、何も言わずに黙って聞いていた。彼女はそこまで淀みなく話すと、フーと大きく一つため息をついた。
「でね、仲直りしたの。ワタシはちゃんとパパに謝って、パパはそれを赦してくれた。抱きしめて、お帰りって。緊張したわ。」
それからしばらくの間、沈黙が流れた。マルティナはまだ何か言わなければならないことを胸に秘めているようだった。僕は、話を促すべきかどうか迷った。
「どうしたの?まだ、何かあるのかな?」
「…。なんて言えばいいかしら。」
「ん?」
「ちょっと待って、これはそんなに簡単には話せそうにないし、今じゃなくてもいいの。もうしばらく時間が経って、私が話せるような気持ちになったときに話すわ。それじゃダメかしら?」
僕はなんとなく気持ちの悪い感じがしたけれど、それを話すかどうかの権利は彼女がもっている以上、無理に聞き出そうとは思わなかった。
「それは構わないよ、もちろん。君の自由だし、話したい時に話せばいい。」
「ありがとう。ね、お腹減ったわ。」
マルティナはそう言いながら、鞄からお土産をどんどん出し始めた。僕は台所に向かって冷凍庫の中からカチンコチンに凍っているバケットを取り出してオーブントースターで解凍し、皿に乗せて持ってきた。
「ね、パパがね、日本についたらこれを飲んだらいいからってワイン一本プレゼントしてくれたの。それを飲みましょうよ。」
そう言いながら、鞄から黒い紙に包まれたワインのボトルらしきものを取り出した。
「なんてワインなの?」
「わからないのよ、それが。聞いても教えてくれなかったの。日本に帰ってあなたに再会したら飲みなさいって。」
「え?僕に再会したらって…。僕の事を話したの?」
「あ!」
散らかったたくさんの資料や、書籍、コンビニの弁当の空容器、脱ぎ捨てた下着や洋服、部屋の中はひどいありさまだった。一瞬途方にくれそうになる心に鞭打って、僕はとりあえず洗濯物を洗濯機に突っ込んでみた。2時間もあれば洗濯出来そうな気もしないでもないが、僕は洗濯というものがどうしても好きになれない人間なので、すぐに洗濯機の蓋を閉めて、何もなかったかのような顔をした。あとは、書籍類と資料を片付けるだけだった。
それを済ませてごみを捨てると部屋はかなりすっきりした。ま、もともと対したものの置いてない部屋なのだ。部屋はすっかり片付いたが、おかげで僕は汗だくになってしまった。仕方ないのでもう一度シャワーを浴びて、飲みかけのビールを飲み干すとちょうど部屋の呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると、そこにはマルティナが立っていた。
「お化けでも見るような顔するのね?」
「いや、そういうわけじゃないけど。元気そうでよかった。」
「部屋には上げてくださらないのかしら?」
「まさか。さ、入って。」
マルティナは髪を短く切っていた。そのせいで顔の小ささが強調されていて一種の緊張感を僕に与えた。
「髪、切ったんだね。」
「パパがね、髪は短い方が好きだって。あなたは?」
「僕も断然、短い方が好きだ。」
「ふーん。知らなかったわ。」
「僕らの間にはまだ知らない事がたくさんある。」
マルティナはそれには答えず、荷物を床に置くとベッドに腰掛けた。
「いま、先に話したほうが良いかしら?パパとワタシのこと。」
僕はちょっとの時間考えた。どうしたほうがいいかを僕に決める事は出来ない気がした。
「僕には上手く決められないな。マルティナ自身が今話すほうが良いなら聞こうと思うけど。」
「そうねぇ。先に話したほうが、気持ちよくお酒飲めるかもしれないわね。」
僕らの間に、ほんのつかの間だったが固い緊張感を伴う沈黙がやってきた。
「話すわ。」
僕はゆっくりと頷いて、マルティナの横に腰を下ろした。
マルティナは、言葉を選ぶように慎重に「そうねぇ。」と言った。
「パパは、元気に暮らしていたわ。私が思っていたよりも。あの頃と変わらず、年中仕事ばかりしてるみたいだったけど、とにかく元気な事には違いはなかった。ワタシが家に帰るととても驚いた顔をした。でも、すぐになぜ私が帰ったのか、何を話そうとしているか察したようだった。それでこう言ったの。「元気だったか?髪が伸びたようだが?」って。ワタシは、すぐには何て言っていいか分らなかったの。それで、まだ怒ってる?って聞いたの。パパは大きい声で笑ったわ。もう怒ってないよって。人生にはいろんな事が起きる、間違いも悲しみも。でも大切な事はそれに悔いたら、必ずやり直そうとする事だって。やり直そうと努力して、相手の気持ちになって考えてみる事だって、それができたら、もうその時にはほとんどの事は時間が解決してくれているって。」
僕は、何も言わずに黙って聞いていた。彼女はそこまで淀みなく話すと、フーと大きく一つため息をついた。
「でね、仲直りしたの。ワタシはちゃんとパパに謝って、パパはそれを赦してくれた。抱きしめて、お帰りって。緊張したわ。」
それからしばらくの間、沈黙が流れた。マルティナはまだ何か言わなければならないことを胸に秘めているようだった。僕は、話を促すべきかどうか迷った。
「どうしたの?まだ、何かあるのかな?」
「…。なんて言えばいいかしら。」
「ん?」
「ちょっと待って、これはそんなに簡単には話せそうにないし、今じゃなくてもいいの。もうしばらく時間が経って、私が話せるような気持ちになったときに話すわ。それじゃダメかしら?」
僕はなんとなく気持ちの悪い感じがしたけれど、それを話すかどうかの権利は彼女がもっている以上、無理に聞き出そうとは思わなかった。
「それは構わないよ、もちろん。君の自由だし、話したい時に話せばいい。」
「ありがとう。ね、お腹減ったわ。」
マルティナはそう言いながら、鞄からお土産をどんどん出し始めた。僕は台所に向かって冷凍庫の中からカチンコチンに凍っているバケットを取り出してオーブントースターで解凍し、皿に乗せて持ってきた。
「ね、パパがね、日本についたらこれを飲んだらいいからってワイン一本プレゼントしてくれたの。それを飲みましょうよ。」
そう言いながら、鞄から黒い紙に包まれたワインのボトルらしきものを取り出した。
「なんてワインなの?」
「わからないのよ、それが。聞いても教えてくれなかったの。日本に帰ってあなたに再会したら飲みなさいって。」
「え?僕に再会したらって…。僕の事を話したの?」
「あ!」