二条城前でバスを降りると、僕らはすぐにホテルに入り、チェックインを済ませた。部屋に荷物をほうり込むように置き、すぐに部屋を出た。
「ねぇ、御池通りってどっちかしら?」
「左だよ。そこに見えてるのが堀川御池の交差点だから。で、またそれを左折してかなり歩くよ。」
僕の話しを聞き終わるか終わらないかのうちに千佳子は走り出していた。

 堀川御池を左へ曲がると、そこからはもうたくさんの人で溢れていた。千佳子はやむなく立ち止まり僕を待った。僕はやっとの思いで千佳子に追い付き、息を切らしていた。
「はぁ、はぁ。急に走り出したらびっくりするじゃないか。」
「見て、あれ。」
彼女が指差す先に、小さく赤い神輿のような物が見えた。大きな車輪が付いていて、何人かの人が押したり引いたりして、移動していた。中には人が乗っているものがあり、人形が乗っているものがあった。

僕らは人込みを掻き分け掻き分けして進み、河原町通りまで来た。そこはまさに黒山の人だかりで、とても通過している山鉾を見ることは出来なかった。
「ねぇ、肩車して。」
「え?」
「肩車して。」
彼女はそう言って僕をしゃがませると強引に僕の肩に跨がった。僕はなるべく電信柱に寄り添うようにして立ち、彼女を肩車した。
「見える?」
「…。」
「千佳子。見えるの?」
「…。」
 聞こえないのだろうか。彼女は返事をしなかった。しばらくすると、僕の頭に、腕にぽつんぽつんと水滴が落ちて来た。最初僕は汗だと思っていた。しかしそのうち、千佳子の身体が揺れ出した。僕は電信柱に右手をつき、そっと上を見上げた。

千佳子は泣いていた。だまってぽろぽろと涙を零していた。僕は、何も聞けなくなった。

しばらくすると彼女は自分から口を開いた。
「すごく綺麗よ。すごく。ただ綺麗なだけじゃないの。たくさんの人の想いが伝わって、そこに費やされた時間が伝わってくるの。それを感じていたら、急に涙が出て来たの。どうしてかしら?」
「その質問に答えるとのはいいんだけど、そろそろ下りないか?へとへとだよ。」
彼女はケラケラ笑って、僕の肩から下りた。
「ごめんなさい。どうしても見たかったから…。」
「いいよ。それは。でもね、日本のものの美しさは、すごく心に染みるんだ。懐かしさや親しみや、その他たくさんの感情を喚起させられる。確かに外国にも美しいし感動するものはたくさんある。けどね、日本のものとは感動の種類が違う。千佳子の言うように、ある種の人間の想いがとてもリアルに胸を打つ。ただ美しいだけじゃなく、それは経験したことのある、なんらかの意思や、哲学なんだ。」
「ねぇ。あなたって素敵な人ね。」
「どうして?」
「私が何か質問すると、必ず精一杯答えてくれる。投げ出したり、面倒くさがったりしないで。」
「そうかな?」
「そうよ。その度に私はすごく幸せで、充たされた気持ちになるの。」
「そう。それはよかった。」
「その癖だけは、あまり好きじゃないけど!」
そう言って千佳子は笑った。
「お昼、どうしようか?一旦、ホテルに戻って着替える?汗だくだし。」
「…」
「どうしたの?千佳子?」
彼女は消え入りそうな小さな声で、笑わないでね、と言った後で静かに僕の目を見た。
「…抱いて欲しいの。ホテルに戻って。変?」
僕はゆっくりと首を横に振った。
「変じゃない。実は僕もそう思っていたんだ。君を…。」
千佳子は僕の手を取って、ホテルへと歩き始めていた。