第20話


「思い出してしまったのね。思い出さなくてもよかったのに。」裕美はそういうとひとしきり泣いた。彼女の涙が僕のTシャツの胸の辺りを暖かく湿らせていくのが分かった。僕は右手でゆっくりと彼女の肩を抱いた。「でも、まだ全部じゃない。全部は思い出せない。そして僕に何が待ち受けているのかも僕にはまだ見当がつかない。」独り言のように僕がつぶやくと裕美はゆっくりと顔を上げて僕を見た。「信じて欲しいの、私があなたの味方だってこと。今から話すことは、私があなたの味方だから話すのよ。」彼女はそういうと、ソファに座りなおしカティサークの入ったグラスを飲み干して、グラスをテーブルに置いた。窓の外を走るバイクの音がやけに大きく聞こえた。今この瞬間も世界は当たり前のように動いているのだ。

「あなたとキクチとコニシは、ずいぶん前から同じ仕事をする仲間だったの。3人は仲も良かったし気も合ったこともあって仕事は上手く行っていたみたいだった。コニシがリーダー格でキクチが2番、あなたはその二人と部下たちを繋ぐ役割をしていて分担も上手く行っていたわ。でもね、ある時コニシは自分がはじめたサイドビジネスで失敗した。そのときとんでもない額の借金を背負うことになったの。そして、彼はそれをあなたたちに相談せず自分で解決しようとした。もちろん彼に金を工面する方法なんか無かったわ。で、危ない金に手を出した。コニシはもともとイタリアワインの輸入に関わるコンサルタントの仕事をしていて、そのつてで知り合ったイタリア人に向こうのマフィアを紹介された。彼のイタリア語の力と人間的な部分を気に入られてマフィアはコニシに金を貸した。その見返りとして、麻薬の輸入の手伝いをさせられたの。ワインの木箱を二重底にしてその中に麻薬を入れ輸入した。そのワインが『クリマ』だったの。コニシは最初のころはきちんとうまくやっていたわ。でも、マフィアとの仲が深まるにつれて仕事以外の面でも彼はマフィアたちとつるむようになった。当然、もとの仕事は上手く出来なくなる。それに気づいたキクチがコニシの身辺を探ったの。そして証拠をつかんだ。輸入の際の資料と、二重底になった木箱、そして麻薬。キクチはそれをCD-ROMに焼き、写真を撮りどこかに隠した。それを吐かせようとしてコニシはキクチを呼び出したけどキクチは言わなかった。そしてコニシに殺された。コニシは証拠のありかはあなたが知っているのだと思っている。でも、あなたは殺人現場を見たショックから一時的に記憶をなくした。そこでコニシはあなたをいったん泳がせ、記憶の回復を待っている。私はその監視をさせられている。そういうこと。」

裕美はそこまで一気に話すとグラスにカティサークを注いで一口で飲んだ。

「君はコニシの女なの?」僕がそう聞くと裕美は寂しそうに笑った。「昔はね。今は違うわ。私はあの男に復讐したいの、ある理由があって。」「で、僕を利用している。」「最初はそう思っていたわ。でも、今は違う。あなたを愛しているの。」僕は信じるべきかどうか迷った。彼女の目は真剣だった。いずれにせよ、証拠のありかが分かればすべては明るみにでることなのだ。

「OK。じゃ、こうしよう。僕はこれまでとおり記憶をなくしたように振舞いながらコニシとうまくやる。君がコニシに復讐を果たしたらその時また、先のことは考える。これでどう?そこまでは僕らは味方同士だ。」

裕美は頷いた。そして僕に、「マサカズ、抱いて欲しい。」といった。