アルデンテの剣を手に入れたカルボナーラ男爵一行は、一路アラビアータの塔を目指した。しかし、男爵の胸に去来する思いは複雑だった。


自分が何のために人を殺め、何を手にし、そのことが多くのアマトリチャーナ王国国民の幸福につながっているのだという実感が上手く持てなかった。

思いは迷いを呼び、迷いは複雑な悲しみを帯びて進む足取りを重いものにした。


ボロネーゼはそんな主君を見ていられなかった。あれほど正義に燃え、国を憂いて立ち上がったにもかかわらず、自らの手で殺めてしまった人間たちへの後悔と、無念が男爵の心を狂わせている事が痛いほど分った。

二人は、船に乗っている間も、森を抜ける間も一言も言葉を交わすことはなかった。


森を抜けると、来る時に解き放ったはずの馬がそこに待っていた。

与えておいた餌を食べ尽くし、少し弱り始めた体で二人を見つけると嬉しそうにいなないた。

「王子、国民だけではありません。この馬たちでさえ王子の生還をこのように待っているのです。これに答えずしてどうして王位継承者といえましょうか?王子!」

「ボロネーゼよ、私とてそのことは何より良くわかっているつもりだ。しかし、国を思う私が、何ゆえこの国のものを殺めねばならぬ?何故話し合って解決は出来ぬ?たとえ私がリガトーニ王の隠し種だとしても、きちんと公表して王位を継承しナポリタン姫を妻とし政に命を捧げて行く事こそ王たる物の本懐ではないか?私には解せぬ。」

ボロネーゼは負けなかった。

「王子、よくお聞きください。それは運命というものの仕業にございます。もし、2王子がご存命ならばこのような事態にはならず、あなた様も人を殺めたりする事はなかったでしょう。しかし、国は長い飢饉を乗り越え、今や新しい局面を迎えようとしています。それは、これまでどおりのやり方では決して乗り越える事の難しい事態なのです。そこへあなた様が現われ、飢饉に喘いだ人々の光となり、国の行く末を強く照らす事でまた人々は幸福を夢見る事ができるのです。確かに伯爵に対して何の恨みもない中戦いに赴かれる事は不本意のきわみかもしれません。しかし、それを大事における小事、と割り切ってこそ王たる物の器と言えるのではありませんか?」

男爵には返す言葉がなかった。何もかもボロネーゼの言う通りだった。馬は、男爵を見ると懐かしそうにその顔を寄せ、甘えるような仕草をした。

「王子、一旦ラグ-の町に向かいましょう。そこで英気を養い、馬を元気にしたら一気にアラビアータの塔へと向かうのです。もう迷っているわけには行きません。」

男爵は顔を上げた。

「そうだな、ボロネーゼ。そちの言う通りだ。私が悪かった。さ、行こう。」


主従は馬を引き、ラグーへと向かった。