「それではナポリタン姫の花婿となる意思のあるものは、謁見の間に入城せい!」

コンキリエ宰相は自慢の大声を高らかに鳴り響かせ、無数のラッパの音と共に宣言した。ラッパの音が鳴り止むと一瞬の沈黙の後二人の候補者が謁見の間に姿をあらわした。

謁見の間に詰め掛けた多くの貴族や文武官からは、どよめきとも感嘆ともとれる声が響き渡り、謁見の間を異様な空気に変えた。

「両名の者、おもてを上げ名を名乗るがよい。」

リガトーニ王は持てる全ての威厳をここに集約するかのように両名に話し掛けた。

最初に顔を挙げたのはカルボナーラ男爵だった。

「国王陛下、お初にお目にかかります。わたくし、このアマトリチャーナ王国に生を受け、かねてより国王のご高名なること耳にいたしてはおりましたが、本日、ご竜顔を拝見しその真実たる事に恐縮いたしております。」

「世辞はよい。そなた、名は?」

「カルボナーラ、と申します。このたびのお触れを受け、国のためならと思い家臣のボロネーゼを連れ、馳せ参じた次第にございます。」

「うむ、ご苦労であった。しかし候補者はそなただけにあらず。万一の場合は決闘によって候補者を1名に絞るが依存はないな。」

王は、何とか平常心でこの事を言おうとしたが、目には見る見る涙が溜まってきた。それも無理はない。王はここまでに二人の我が子をなくしているのだ。

たとえ世間には今公表できずとも、血のつながった我が子と何十年かぶりに対面し、その子がこの国を救うべく立ち上がろうとしているのだ。内心、決闘などさせず、すぐにでもカルボナーラを王子にしたい気持ちは時を追うごとに胸を満たしたが、そこは王たるものとして思いとどまり、震える胸をとどめて次のペペロンチーノ伯爵を見た。

「そなた、名は?」

「えーと。ペペロンチーノと申します。えー、あれ、何だっけ。ちょっとお待ちを…。」

伯爵は懐からメモを取り出してみたが、上手く読む事が出来ずに軽く愛想笑いだけして王に対した。

「そなたも、姫と結婚を?」

「ああ、そうです!それだけは是非とも。かねてより姫には何度も求婚をし、その返事を待っておりましたところ、今回このような事態に。姫の婿には、是非わたくしを。」

王はナポリタン姫を振り返った。

「本当か?」

「嘘ならどれほど良かったか(ぶりっ子風に)。」

そう言って姫はハラハラと泣いた。涙は驚くほど大粒で瞳からポロポロとこぼれるように落ち、その輝きはまるでダイヤモンドのようだった。姫が涙を流すだけで、まるで時はその移ろいを忘れてしまったかのように、人々はその零れ落ちる涙に心を奪われ見入ってしまった。流れた涙は座っている姫のドレスの膝のところで小さな泉を作り、そこには美しい小さな妖精が姿をあらわし、姫を慰めたが姫の悲しみは月の満ち欠けのようになん人にもとめることが出来ず、謁見の間には悲しみに満ちたため息だけが聞かれ、共に涙を流すものまでいた。

リガトーニ王は我を忘れてその涙に暮れる姫を見ていたが急に姫のところへ飛んでいき慰め始めた。

「泣くでない、姫よ。よしよし、あんな男、王たるこのわしが追っ払ってくれよう、な?」

しかし、王に抱きしめられたその腕の中で姫がニヤリと笑ったところを見たものは誰もいなかった。

「国王陛下、なりませんぞ!これは正式なおふれによって国民全てに約束された事態。今さら変える事はかないません!」

「だって、姫が…。」

「だっても糞もない!」

コンキリエの一喝に王は渋々玉座に戻って「よきように。」と小声で言った。

ほんとにしょうがない男だ。


そして、ここにカルボナーラ男爵とペペロンチーノ伯爵による血で血を洗う戦いの火蓋がきって落とされたのである。