「この度、ナポリタン姫はこのアマトリチャーナ国の王女として迎えられた。しかし、今王室にはこれの婿となる正当な王位継承者が不在。誰か、われこそはと思うものは王の御前にて誓いを立て、他の候補者と決闘し国王となるものはいないか?」
という、完全に無茶な内容だった。
「男爵さま!カルボナーラ男爵様!」
ボロネーゼは、城下町に掲げられた立て札を見るなり、主人のいる屋敷へと飛んで帰った。カルボナーラ男爵はナポリタン姫の入城を見ることもなく、屋敷でエスプレッソを飲んでいた。
「なんだ、ボロネーゼ、騒々しいではないか。」
「この緊急事態にそんなに悠長にしていられるあなたの方がおかしいのです!」
「分かったから、その小さい体でワーワー言うな。」
「ち、小さいは関係ないでしょう!」
カルボナーラ男爵は高らかに笑った。どっからどう見ても、この物語の主役で二枚目を気取った笑い方だった。しかも本人はオスカル・フランソワをモチーフにしているつもりなのだからその罪は重かった。
「で、何がそんなに大変なのだ?」
「そ、それがですね…。」
ボロネーゼはここまでの3回分の話を大体要約して男爵に話した。途中何を言ってるか結構分からない節も多かったが、割愛したので読者には気にならないと思う。とにかく、男爵は事の次第を理解した。
「なるほど、しかしそんなお触れを出したところで花婿候補に手を挙げるものなどいないだろう?太平の世とは得てしてそういうものだ。第一、血筋のものでないものが王位を継承するなど言語道断ではないか!」
ボロネーゼは急に居住まいを正した。
「だからこそでございます、男爵。今こそ、正当な血筋のあなた様がこの国の王子として国を安らげるのでございます。」
「ボロネーゼ、どうしてそれを?」
「先代の旦那様が亡くなられた時、旦那様はわたくしをお呼びになりこうおっしゃいました。あの子は私の子ではない、王の子だ。王は妃の嫉妬を免れるためわたしに預けておいでだ。もしも国に大事が起こったときには、あの子を必ずやこの国の役に立てるように、ぐふっ!と。」
「ぐふっ!は、いらないんじゃないの?まぁいいけど。」
「とにかく、あなた様はこのアマトリチャーナ王国の正当な王位継承者。今こそ、立ち上がるべきお方です。」
「ボロネーゼ…。よし、では早速にも城にお取次ぎを願う事にしよう。」
「おお!それでこそ、我が主。では、わたくしめもすぐにでも使者として城に出向きましょうぞ。では、王子、吉報をお待ちを。」
「こらこら、ボロネーゼ。まだ決まったわけではないのだ。王子はよさぬか。」
と、語気こそ厳しかったが顔は『王子』という響きに満足したらしくだらしない事この上なかった。ボロネーゼはその顔を一瞥したがあまりにだらしないので見なかった事にして、席を立とうとした。
「時に、王子。」
「なんだ。」
「(あ、もうすっかり王子なんだ)ペペロンチーノ伯爵をご存知ですか?」
「だれそれ?」
「いや、ご存じなければいいのです。ただ、伯爵も恐らくはこの花婿候補に立候補されるかと。」
「なぜだ?」
「伯爵は以前よりナポリタン姫に何度も求婚されているご様子。されば必然的に…。」
「かっこいいの?」
「あ、いえ…。」
「強いの?」
「いや、それも…。」
「じゃ、心配ないよ。」
「しかし、腹心のジェノヴェーゼという男、恐ろしいほどダーティで狡賢いので警戒はせねばなりません。」
「そうか、では気をつけよう。」
ボロネーゼは軽く一礼すると男爵の前から足早に去った。男爵は冷めてしまった飲みかけのエスプレッソを一息に飲み干すとゆっくりと席を立ち、窓辺へと歩いた。窓下には青々と木々が茂り、季節は初夏を迎えようとしていた。
「王子かぁ。」
カルボナーラ男爵はそう呟くと、高らかに笑った。