遠くにそびえる山々はどこまでも蒼く、その間を深くえぐるように渓谷が南北へと伸び、豊かな水を国の隅々へと送り込む、恵まれた大地ヴィーノ・ロッソ。

 その中原に位置する大平野地帯にアマトリチャーナ王国は200年もの栄華の時を送っていた。とは言っても、近年は長らく続いた飢饉と疫病によってその国力は日増しに衰えつつあった。

 そんな最中、齢70歳を迎えたばかりのアマトリチャーナ国・国王リガトーニは悩んでいた。彼には知恵のある誠実な長男と、剣技に長け勇気ある次男の二人の息子がいたが、そのどちらもが国を襲った疫病のために他界したのだ。国は、いま正当な王位継承者を失い、正に危急存亡の時を迎えていた。

 リガトーニの妃でもある王女ボンゴレは二人の王子を失った悲しみに暮れ「ありえない。」と侍女たちに八つ当たりをし、とうとう自室に閉じこもり病床に臥す始末。国王は、最初のうちこそ「どうせお腹減ったら出て来るんじゃないの。」くらいに適当に考えていたが、王女はなんと一ヶ月もの間、ほとんど食事を口にせず(と、侍女が言っていた。)自室を出ることはなかった。これには普段いろんなことを適当に済ませている国王も驚き、何か策を講じねばと考え、宰相であるコンキリエを呼び出した。

 宰相のコンキリエはもう20年もの間、この国の言わば総理大臣職を勤めている切れ者で、彼が宰相でなければこの飢饉と疫病を乗り切ることは不可能だったと言われるほどの人物だった。

「宰相のコンキリエをここへ。」国王の言葉に文官たちは半ば慌ててコンキリエを呼びに行った。コンキリエを国王自身が呼び出すことは滅多にないことで、この20年の中でもまだ2度目と言う珍事だったのだ。

「国王陛下、お呼びでございましょうか?」

「おお、コンキリエ。久しいの。身体などは壊してはおらぬか?」

「ありがたきお言葉にございます。このコンキリエ、国王陛下にお仕えして以来、ただの一度も職務を怠らず、病の類にもかからず宰相としてやってまいりました。時に陛下、本日はどのようなご用件でお呼び立てを?」

「それじゃ、それじゃ。みなのもの、少しの間席を外せ。余は宰相と二人で話したい。」侍従たちは即座に応接の間より退散し、部屋にはコンキリエと国王の二人きりとなった。

「コンキリエよ、余は憂いておる。」

「はて、何をでございましょうか?」

「とぼけるでない。知恵者のおぬしのこと、既に察しておろう。」

「王位継承者、そのことでございましょうか?」

「まさにその通り。二人の息子に先立たれ、妃は自室に閉じこもる始末。これにはさすがのわしもお手上げじゃ。」

「王女は、何かおっしゃっておいでですか?」

「ありえない、と。」

「それは口癖でございましょう。そうではなく、王位継承者についてです。」

「いや、何も。さしもの今回のことは、あれにもよほどショックだったのであろう。食事も喉を通らんと。」

「しょ、食事も?あの食いしん坊以外に全く能のないあの方が、食事もなさらないとは…。」

「こらこら、滅多なことを言うものではない。言っちゃいけないホントの事と、ついていい嘘があるくらいそちにも分かっておるであろう。」

「これは、失礼を。で、国王陛下は王位継承についてなにかお考えが?」

「それが思いつかんのでそちを呼んでおる。何かいい案はないか?」

「ない事もございませんが…。」

「どんな事でも良い、そちの言う通りにいたそう。で、策とは?」

「それは…。」



次回に続く。