月 日
小説よりは
エッセイを好むあたいです
最近ね
○○の生き方
ってぇ本をよく読む
(○○←人の名前が入る)
他人(ヒト)の生き方って面白いし新たな発見があって勉強になる
最もそれは尊敬出来る他人(ヒト)に限っての事だけど
んでぇ
ふと、思ったんよ
『生き方』
ってぇ
何ぞや?
特に自身の『生き方』ってよく解らない
もしかしたら『生き方』ってぇ
他人(タニン)が語らなくてはイケナイのかも知れない
事実、あたいが読んでいるその本や、読んできた本は
一人の他人(ヒト)の『行い(生き方)』を多勢がよってたかって、(悪口でないにしろ)語っている
歴史を見ても然り
教科書に乗っている事は大抵あとから書かれているに過ぎない
とっくに死んでしまった奴等は言い訳も出来ない
でもね
他人(タニン)の眼に写る自分もまた、自身の一部な訳で
他人(タニン)の数だけ自分と云うものが存在するのかも知れない
下手すりゃ他人(タニン)の方が自分自身の事をよく知ってる、の、かも…
本日、他人(タニン)の中の自分を見付けたあたいデス
どろん
小説よりは
エッセイを好むあたいです
最近ね
○○の生き方
ってぇ本をよく読む
(○○←人の名前が入る)
他人(ヒト)の生き方って面白いし新たな発見があって勉強になる
最もそれは尊敬出来る他人(ヒト)に限っての事だけど
んでぇ
ふと、思ったんよ
『生き方』
ってぇ
何ぞや?
特に自身の『生き方』ってよく解らない
もしかしたら『生き方』ってぇ
他人(タニン)が語らなくてはイケナイのかも知れない
事実、あたいが読んでいるその本や、読んできた本は
一人の他人(ヒト)の『行い(生き方)』を多勢がよってたかって、(悪口でないにしろ)語っている
歴史を見ても然り
教科書に乗っている事は大抵あとから書かれているに過ぎない
とっくに死んでしまった奴等は言い訳も出来ない
でもね
他人(タニン)の眼に写る自分もまた、自身の一部な訳で
他人(タニン)の数だけ自分と云うものが存在するのかも知れない
下手すりゃ他人(タニン)の方が自分自身の事をよく知ってる、の、かも…
本日、他人(タニン)の中の自分を見付けたあたいデス
どろん