「下線部の正しい解釈を書け」

よく国語の試験で出てくる問題の一つである。

あたくしはこの手の問いに○を貰った事が殆ど無い。

いつも擦れた赤ペンで冷たく否定され続けた。

「お前の思想など関係ない」

と。

だから理系に進んだのだが、本当は文系の方が好きなのだ。


あたくしが思うに、

詩と言うものは作者の手を離れた瞬間から読み手の

解釈する 解釈できる 解釈したい …

意味に変わってゆくものだと思う。


あたくしの詩を読んで意味の解らない人がいる。

「何を伝えたいのか分らない」

と言われた事が何度もある。

無責任かも知れないが、あたくしは詩で何かを伝えたいとは思わない。

伝わるとも、思ってはいない。

良かれと思って言った言葉が人を傷付け

嫌味のつもりが感謝され

人によって取り方が違うように、発する方もまた違うのである。

それらの背景を全て把握し受け止め、発する事など出来ない。


とある画家が言った。

自分の作品について

「ただ美しいと感じてくれればそれでいい」

と、…。


あたくしが希望しているのはそれに近いのかも知れない。

欲を言えば、物的価値等要らないが、誰かの何かになれれば嬉しい。


時には愛する者への伝言を詩う時もあるが、

それはそれで大目にみてほしい。


やっぱり詩(うた)でしか云えない。


2010年1月8日 山形宇貞